第2組・池田英二郎

第2組 所長巡回を開催しました

8月27日 午後5時より 大阪市天王寺区の光照寺本堂にて、2021年度の大阪教務所長巡回を開催しました。

光照寺からインターネット(ZOOMミーティング)を利用したリモート会議を併用しての開催となりました。

光照寺会場では、隣りの席と隔てるパテーションを用いるなど、可能な限りの対策を行い、開催に漕ぎ着けました。

質疑で予定時間を超過したものの、緊急事態宣言発令中という事もあり会食は行わず、午後6時15分に閉会となりました。

『高僧和讃』講義録④を発刊

『高僧和讃 四』(大阪教区准堂衆会)

2021年6月1日、大阪教区准堂衆会(吉川知徳会長)では、延塚知道師の講義録『高僧和讃 四』(源信大師・源空聖人編)を発刊しました。(B5版 108頁)

当会では2009年から2013年にかけて研修会を開催し、延塚先生から16回にわたって『高僧和讃』の講義をいただきました。

この講義を広く公開するために、テープ起こしを行い出版したいと延塚師にお願いしたところ、ご快諾下さった上に、ご多忙にもかかわらず原稿に大幅な加筆をして下さりました。

全4巻からなる延塚師の高僧和讃の講義録ですが、今回の発刊は

第1巻の「高僧和讃 一」(2019年3月1日発行)の龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師編

第2巻の「高僧和讃 二」(2019年9月28日発行)の曇鸞大師編

第3巻の「高僧和讃 三」(2020年12月10日発行)の道綽禅師・善導大師遍

に続く最終巻となります。

2021年6月の全ヶ寺発送で、大阪教区内の全寺院に無償配付させていただきました。

本文

税込み・送料込み1,800円で頒布いたしております。
また完結記念で、第1巻~第4巻・全4冊を5,000円でセット頒布いたします(50セット限定)。
お求め・お問い合わせは真宗大谷派 大阪教務所までお願いいたします。

なお残部は僅かですので、品切れの際はご容赦ください。

また、この講義録は『高僧和讃講義(四)』の題で、方丈堂出版からも出版される予定です(税込み2,200円)。

サイズや装丁などが異なりますが、同内容となっております。

全4巻

『浄土和讃』講義録 (全1巻)を発刊

『浄土和讃講義』(大阪教区准堂衆会)

2020年12月10日、大阪教区准堂衆会(吉川知徳会長)では、藤井善隆師(大阪教区第2組 即応寺前住職)の講義録『高僧和讃 三』(道綽禅師・善導大師編)を発刊しました。(B5版 142頁)

准堂衆会では、会員向けの研修会として、藤井師から2009年4月から2015年6月にかけて、23回にわたって『浄土和讃』の講義をいただきました。

『浄土和讃』の全和讃にわたってご講義いただいた録音のテープ起こし原稿を元に、藤井師が「讃阿弥陀仏偈和讃」「大経和讃」「観経和讃」「小経和讃」から35首を選んで加筆・修正をして下さった抄録を出版させていただきます。

2021年1月の全ヶ寺発送で、延塚師の『高僧和讃講義 三』と共に、大阪教区内の全寺院に無償配付させていただきました。

若干の残部があり、税込み・送料込み1,800円で頒布いたしております。

 

本文

お求め・お問い合わせは真宗大谷派 大阪教務所までお願いいたします。

 

『高僧和讃』講義録③を発刊

『高僧和讃 三』(大阪教区准堂衆会)

2020年12月10日、大阪教区准堂衆会(吉川知徳会長)では、延塚知道師の講義録『高僧和讃 三』(道綽禅師・善導大師編)を発刊しました。(B5版 126頁)

当会では2009年から2013年にかけて研修会を開催し、延塚先生から16回にわたって『高僧和讃』の講義をいただきました。

この講義を広く公開するために、准堂衆会でテープ起こしを行い出版したいと延塚師にお願いしたところ、ご快諾下さった上に、ご多忙にもかかわらず原稿に大幅な加筆をして下さりました。

全4巻からなる延塚師の高僧和讃の講義録ですが、今回の発刊は

第1巻の「高僧和讃 一」(2019年3月1日発行)の龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師編

第2巻の「高僧和讃 二」(2019年9月28日発行)の曇鸞大師編

に続く、第3巻となります。

 

本文

2021年1月の全ヶ寺発送で、大阪教区内の全寺院に無償配付させていただきました。

税込み・送料込み1,800円で頒布いたしておりますので、お求め・お問い合わせは真宗大谷派 大阪教務所までお願いいたします。

なお残部は僅かですので、品切れの際はご容赦ください。

 

 

『高僧和讃講義(三)』(方丈堂出版)

また、この講義録は『高僧和讃講義(三)』の題で、方丈堂出版からも出版されています(税込み2,200円)。

サイズや装丁などが異なりますが、同内容となっております。

 

 

 

 

 

 

公開講座 ♯1「本願寺の相伝の歴史」 【動画】配信中です

本年4月16日に開催予定をしていた 大阪教区教化センター 教学儀式研究班の公開講座が、新型コルナウイルス感染症予防のため開催することができず、現在も収束に向かうどころか、さらなる感染拡大の様相を呈しております。

今後の開催のメドが立たない状況ですので、公開講座でお話する内容を収録した動画をYouTubeで配信いたします。

かつて本願寺には「相伝」の伝統がありましたが、江戸時代後期に断絶したため、あまり知られておりません。

教化センター研究紀要『生命の足音』で翻刻公開した『禀承余草』を読み解く際にも、相伝の知識があるとよく理解できると思います。

『真宗相伝義書』『真宗相伝叢書』を読み解くことで、相伝の内容を知ることができますが、まずは多くの方に関心を持っていただければと思い、第1回は「本願寺の相伝の歴史」という題で、相伝の大雑把な歴史を中心についてお話をさせていただきます。(約42分)

YouTubeへリンク

第2組報恩講 執行【動画】

2020年11月12日午後2時より、大阪市阿倍野区の即應寺を会所として、第2組20ヶ寺合同の報恩講が執行されました。

第2組報恩講 執行」で写真を紹介しましたが、今回は動画で当日の様子を紹介します。

2020年第二組報恩講 YouTubeへのリンク

YouTubeへのリンク

「未来は過去をとおし 果後の方便をとって」【南御堂2020年11月号より】

法務中、最近よく「未来がない」という話になる。とくに少子高齢化の問題等は、お内仏の返還や墓じまい、さらに宗教離れの話に発展し、「誰もみてくれる人がない」、「もう私で最後」と開き直りつつも、悲壮感漂う雰囲気になる。人は、時に思い通りにならない将来や未来に希望を見出せず不安になる。

生物の長い歴史の中でもっとも重要なのはいかに生き残るかである。生き残るために危険を回避し、対処するのが生物であるが、より不安定で変化の激しい環境の中でも適応できるのが哺乳類だそうである。哺乳類は多くの記憶を蓄えて、過去の学習によって未来予測行動ができる。その最も発達した生物が人間だそうである。

「未来がない」という話は、過去の記憶や経験、歴史を偲ぶことがない故に、未来を願い想像することも出来ないではないだろうか。

現に今自身が存在するのは、果てしない過去からいのちの歴史や願い、はかり知れない先達方のご苦労とお育ての賜物である。

「現在は 過去をとおして 未来する」、「未来は 過去をとおして 現在する」は、曾我量深師『時間論』の一節である。しかしその恩徳を忘れ、過去の歴史や願いを顧みずして我が想いで未来を求める。それは過去を見失い、未来を見出せず、現状を対処することに振り回され続ける我が身である。まさに人間を見失い三悪道に趣くべき姿である。

「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり 法身の光輪きわもなく 世の盲冥をてらすなり」。阿弥陀仏が十劫もの過去に、すでに成仏して下さったお姿は、道に暗く迷いの衆生を照らし導かんと、往生を待ち望んで下さっているお姿である。その衆生往生せずは、われ正覚をとらじと、未来の衆生の救済を決定するために、法蔵菩薩となってご苦労の末に願を起こされた。その願いは成就して、すでに成仏しておられるのである。それは迷いの衆生ある限り、「いつでも」「どこでも」「だれにでも」、照らし続けて下さっている。

果後の方便をとって未来を約束して下さっている。

 教学儀式研究班研究員・北畠玄(『南御堂』2020年11月号掲載記事を転載)

「化仏を通して凡夫は阿弥陀の願に触れる」【南御堂2020年10月号より】

『大経』では阿弥陀がいかに佛となったのかが説かれている。法蔵菩薩が世自在王佛のみもとで修行し、凡夫救済のための四十八願をたてる。願を成就するために五劫思惟しついに成仏されたと言われる。一々の本願には「若不生者」と凡夫救済の為の願が成就されなければ、成仏しないと誓っておられる。しかし一向に私が救われたと自覚できない、むしろいかに自分が佛から遠い位置にあるのか思いしらされるばかりである。

この問題について『論註』には「火㮇の喩(かてんのたとえ)」として説明されている。薪に火をつけるのに火付けが薪より先に燃え尽きる。まだ凡夫は救われていないが、如来の慈悲をもって先に成仏したとされる。

これは私凡夫にとってどういう意味があるのだろうか。そこに阿弥陀如来が菩薩より佛に至る過程が説かれているのが、重要な意味を持つ。その過程そのものが、虚妄分別(こもうふんべつ)に囚われもがき苦しみどうにもにもならない私凡夫が開放される、無分別の世界に誘(いざな)われる過程そのものだからだ。

私は決して佛の世界など見当もつかない。もし佛とはこんなものだと理解ができるのであれば、それは覚(さと)ったということであり、覚った者には阿弥陀は無用である。分別の檻に閉じ込められている凡夫に無分別の如来が分別の姿形をとって、私にも分かるように阿弥陀如来が法蔵菩薩となって願を建て、五劫という長時間をかけ凡夫の業苦を除く方法を思惟(しゆい)された。

五劫の法蔵菩薩の御苦労は他ならない私一人のためであった。如来は私の前に様々な姿形で表れる。その一番の中心は善き人であろう、表れた佛は化仏(けぶつ)であろう、しかしその背景に阿弥陀がある。化仏を通して凡夫は阿弥陀の願に触れる。もし触れることができれば、阿弥陀如来が真のご本尊となる。

法蔵菩薩が願を成就して阿弥陀如来になられるのだ。阿弥陀如来が真如の世界から法蔵菩薩となり、私という凡夫を通して再度阿弥陀如来となられる。ご信心が凡夫の上に開発された瞬間であろう。その時が来るまで如来は凡夫に働き続ける。凡夫よ、お前どうかこの願に気づいてくれと。凡夫にとって気づくまでの人生の道しるべとなって下さっているのだ。

教学儀式研究班研究員・髙島章(『南御堂』2020年10月号掲載記事を転載)

 

【補足】
「火㮇」は「火擿」とも書き、木製の火箸のこと。曇鸞大師が『浄土論註』で説かれる火㮇の喩を、親鸞聖人は『教行信証』「証巻」(『真宗聖典』293頁)に引用されている。

「機辺から説く学寮 仏辺から説く相伝」【南御堂2020年9月号より】

教学儀式研究班で翻刻を行い、大阪教区教化センター紀要『生命の足音』第34号~第36号において発表した『三十七則御糺選要』からは、高倉学寮の講師である香月院深励たちは仏恩報謝の口称念仏を勧めていた事が知られます。

信心を得た者は、この一生を終えれば必ず往生することが定まっていることを喜び、報謝の念仏を唱え、報謝の勤行声明を勤めるのであるという香月院たちの主張には問題があります。お念仏を申す身となるという目標を人々に持たせ、感謝の念仏が自然と出るまで聞法しなさいという命令になります。

また、お念仏を申す身になる事で信心を得た事を証明しようとしてしまいます。念仏を往生の業としていないから自力では無いと考えているのでしょうが、往生を保証してくれる如来を脳内で作り上げて、拵えものの如来に喜びの念仏を捧げる信者になろうとしているのではないでしょうか。

高倉学寮が説く仏恩報謝の口称念仏に対して、「相伝」は厳しい批判を展開します。(※相伝については、「本願寺の相伝に学ぶ」で紹介しています。)

『浄土文類聚鈔』に「称名はすなわち憶念なり、憶念はすなわち念仏なり、念仏はすなわちこれ南無阿弥陀仏なり」(真宗聖典403頁)という親鸞聖人の御自釈があります。相伝(相伝義書の『略本私考』)は、この文は「口称の一辺におちざるようにと顕わしたまえる御釈なり」とし、「当流の称仏名はただ口にうかうかと唱うることにはあらず、本願に相応するがまことの讃嘆称仏なり」と説きます。

相伝は、念仏が機辺からの口称念仏であると限定しません。相伝が繰り返して説くのは、阿弥陀如来が衆生のために「南無阿弥陀仏」と示し現れた念仏であるという事です。

念仏を口に唱えられる身となったかどうかについても、全く問題にしません。それどころか、恩を得た御礼に唱えるような念仏を、心根が自力であると批判します。

このように、『三十七則御糺選要』からは、仏辺から説く相伝と、機辺から説く高倉学寮の相違点が見て取れます。

教学儀式研究班主任研究員・池田英二郎(『南御堂』2020年9月号掲載原稿を一部修正しました。)

第二組 組門徒会とあゆみの会(組推協)合同研修会を開催

門前の案内掲示

2020年6月29日午後1時30分より、第二組 光照寺(大阪市天王寺区)において、第二組門徒会とあゆみの会(第二組推進員連絡協議会)合同の研修会が開催されました。

当初は3月に開催予定でしたが、コロナウイルス感染症拡大防止のために、延期となっていました。

門徒会・あゆみの会の役員と第二組組長で協議を行い、開催の運びとなりました。

当日は入口に手の消毒液を備え、本堂内でのマスク着用に加え、墨林組長(光照寺住職)が製作した「フェイスシールド」が参加者に配布されました。

入口での手の消毒

晴天にも恵まれ、19名の会員(門徒)と組内住職4名が参加しました。

講師は第12組清澤寺前住職の澤田秀丸師でした。

作家の五木寛之氏の「難しい仏教を易しくしたのが法然上人、それを深くしたのが親鸞聖人、それを広くしたのが蓮如上人」という言葉を紹介したり、『五帖御文』の四帖目第九通「疫癘(えきれい)の御文」に依りつつお話をされるなど、途中の休憩や質疑応答を含めて2時間15分の研修会でした。

 

光照寺住職お手製のフェイスシールドが配られました

「本願寺の相伝に学ぶ」

研究班の会合の様子(2018年4月撮影)

◇本願寺の相伝

当研究班は、本願寺の「相伝」に着目して学んでまいりました。その学びによって明らかになったのは、真宗大谷派の本願寺における儀式と教学は、蓮如上人以降の相伝に基づいたものであったという事です。しかし相伝の伝統は、江戸時代後期に断絶しています。法要の基本形は江戸時代から大きな変化はないのですが、教学は高倉学寮で展開された教学がスタンダードになったことで、昭和の初めには相伝を知る人がいなくなっていました。

相伝とは何か。親鸞聖人の「よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」(『歎異抄』)という言葉によく顕われています。法然上人-親鸞聖人-如信上人-覚如上人と伝持された「如来よりたまわる信心」の相続こそが相伝です。だからこそ相伝は、阿弥陀如来の御心のままを「当家の御己証」によって伝えるのです。

「当家の御己証」をそのまま後世に伝えていくのが本願寺歴代の大事な役割であり、覚如上人の願いを承け、蓮如上人と実如上人の時代に相伝の基盤が整えられました。以後、法主の補佐を担ったのが五箇寺でした。

ところで、法主と五箇寺が継承していた相伝の儀式や、『真宗相伝義書』・『真宗相伝叢書』に収録された精緻な講義録の存在は、相伝とは、人を選んで特別な教学を伝授するものだと思わせるかもしれません。しかし、そういう先入観が相伝の本質を見えなくさせてしまいます。

『深解科文』(一部)

◇『広本』相承の儀式

まず相伝の儀式ですが、師匠が弟子に『教行信証』を素読する、つまりそのまま読んで聞かせる、というものでした。「当流の一途、取捨助加をからず古来のままを用うるを本意とする」相伝は、「少しも加減せずもっぱら経法を直に説き伝えたまうと信仰し敬読し奉ることぞなり」(『入出二門偈 分科意得』)と伝えます。その心が、素読を内容とする儀式で伝えられたのです。これを「深信の伝」といいます。

相伝の儀式(『広本』の相承)に際して、『深解科文』という『教行信証』の科文が授けられます。しかしそれは、特別な教学を授けることではありません。「当流相承の一途と云うは、(中略)ただ平生に取りあつかう知れたる義、覚えたることを、幾度も幾度も聴聞して心底に徹到するより外に学問はなきなり。自己の知解識情をはたらかさず、御教の一途を心底に徹するときは、我が方には覚えず知らねども、他人もおのずから信心獲得の利益を蒙る」(『略本私考』)というものです。

◇存覚上人と学寮/相伝の否定

覚如上人の御代に、親鸞聖人の廟所であった大谷の影堂は、本願寺と号することになりました。「黒谷(=法然)・本願寺両師御相承の一流」を弘通するのが「聖人の御本廟本願寺」の務めであり、覚如上人は自分の後任の本願寺留守職に、長男の存覚師ではなく、次男の子・善如上人を選びます。

その理由には諸説ありますが、相伝では、祖師の御本意の一途に不相応であったが故に存覚師は義絶され、本願寺の歴代には数えられなかったと伝えています。

「総じて祖釈の妙釈に取捨を加え助加を雑うること、(中略)『六要鈔』にも処々にこれあり、存覚の僻なり」(『入出二門偈 分科意得』)とあるように、存覚師は博識宏才であるものの、それは自己の知解識情をたのみにした学問であり、存覚師の『六要鈔』における解釈は悉く『教行信証』の素意に違い御己証に異するものなので、『六要鈔』はよくよく注意して読まなければならない、と伝えています。

相伝は、東西分派後は西派では断絶し、東派でのみ連綿と伝統されてきました。ところが江戸時代になり、本願寺に列なる寺院や僧侶が急増したため、学問場として学寮が設けられると、『教行信証』を存覚師の『六要鈔』に依って学ぶ気風が広まりました(東西ともに)。東派の高倉学寮は、最盛期には二千人の所化(生徒)が集うほどの規模となりました。学寮の講師は宗門の安心(信心)の正邪を裁断する権限を持ち、香月院深励師は相伝や『深解科文』を異安心であると断じ、否定しました。

上:真宗相伝義書
下:真宗相伝叢書

◇相伝の再発見

そのため本山と五箇寺における相伝の儀式が断絶し、相伝を語ることさえも禁じられたため、相伝の伝統は忘れ去られてしまいました。

昭和11年、堺・真宗寺の足利演正師が五箇寺に残る相伝文書の存在を調査し、ガリ版刷りで翻刻して有志で勉強会を始めたのが、現代における相伝研究の始まりでした。1979年より東本願寺出版部から『真宗相伝義書』(全21巻)が発刊された事で、容易に相伝に学ぶ事ができる環境が整いました。

相伝では、大谷派の御堂の荘厳や儀式は、如来の御心の表現であり、如来の説法と考えます。機の深信を自覚することを強調する機辺に立つ教学だけでなく、仏の方から説かれる教学、教学と儀式は両輪かつ一体である相伝に学ぶことも、大切なのではないでしょうか。

教学儀式研究班主任研究員 池田英二郎 (『南御堂』2020年5・6月号掲載原稿に加筆しました。)

【補 足】

①相伝には、親鸞聖人の主著『顕浄土真実教行証文類』の事を『教行信証』と呼ばず、『広本』と称する伝統があります。聖人の『浄土文類聚鈔』を『略本』と呼び、蓮如上人の教え(『広略大意指南文』)に従って『略本』によって学ぶことを基本としていました。
一方、高倉学寮は『教行信証』を『御本書』と称し、存覚師の『六要鈔』を『末書』と呼び、『末書』によって学ぶ伝統がありました。

②2005年より方丈堂出版から発刊された『真宗相伝叢書』(以下、『叢書』)は、東本願寺から出版された『真宗相伝義書』の漢字や仮名遣いを現代の表記法に改めた改訂版です。『叢書』の「補巻」には、『叢書』発刊の完結後に発見された『高僧和讃講義』・『正像末和讃講義』が掲載されています。
現在、東本願寺出版部刊の『真宗相伝義書』は絶版となっており、『叢書』も完売となりました(重版未定)が、『叢書』のDVD-ROM版が方丈堂出版から販売されています。

③この原稿で紹介した『深解科文』は『叢書』第1巻、『略本私考』は『叢書』第2巻・第3巻、『入出二門偈 分科意得』は『叢書』第12巻、『広略大意指南文』(別名『教行信証大意』)は『叢書』別巻に収録されています。

 

『高僧和讃』講義録②を発刊

「高僧和讃 二」(大阪教区准堂衆会)

2019年9月28日に、大阪教区准堂衆会(吉川知徳会長)では、延塚知道師の講義録『高僧和讃 二』(曇鸞大師編)を発刊しました。

当会では2009年から2013年にかけて研修会を開催し、延塚先生から16回にわたって『高僧和讃』の講義をいただきました。

この講義を広く公開するために、准堂衆会でテープ起こしを行い出版したいと延塚師にお願いしたところ、ご快諾下さった上に、ご多忙にもかかわらず原稿に大幅な加筆をして下さりました。

この高僧和讃の講義録は、全4巻となる予定です。
第1巻の「高僧和讃 一」(2019年3月1日発行)の龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師編に続いて、今回の「高僧和讃 二」は、曇鸞讃の講義の続編となります。

今回も延塚先生の許しを得て若干部を当准堂衆会において製作し、大阪教区内の全寺院に無償配付させていただきました。(若干の残部があり、税込み1,800円で頒布いたしております。大阪教務所までお問い合わせ下さい。)

「高僧和讃講義」(方丈堂出版)

また、この講義録は『高僧和讃講義』の題で、方丈堂出版からも出版されています。サイズや装丁などが異なりますが、同内容となっております。

 

 

 

 

 

『高僧和讃』講義録を発刊

 

大阪声明塾 再開のお知らせ

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため2月26日より休講といたしておりました大阪声明塾ですが、緊急事態宣言解除により十分な感染予防策のもと、7月1日より再開いたすことといたします。

諸般の事情を鑑みて、科目時間数を短縮化しています。第1学年の未消化分の授業は、授業日を通常の水曜日に加えて7/6、7/13、7/20の月曜日にも開催いたします。

また模擬法要・模擬法要習礼は、現状では実施不可能と判断し割愛いたしました。

第2学年は7/29からとなります。例年の科目割とは少し異なったものとなりますこと、並びに難波別院本堂耐震補強工事により11月以降は会場の変更が必要となることもご理解いただきますようお願いいたします。

詳しくは、塾生の皆様にお送りしました時間割表をご参照ください。

また塾生・担当者共に、入室時の手の消毒・マスク着用・換気・着座位置の工夫等を徹底して、安全に安心できることを最優先に再開といたしたく存じます。

変則的なことも多いとは思いますが、塾生各位にはご理解・ご協力のほど宜しくお願いいたします。

大阪教区准堂衆会 会長 吉川知徳

 

【補足】 2020年度の声明塾の受講生募集はございません。次の募集は2021年春に行います。

あゆみ通信 VOL.137

あゆみの会(第二組同朋の会推進員連絡協議会/浪花 博会長)の機関誌『あゆみ通信』(編集:本持喜康事務局長)の第137号(2020年5月1日号)が発行されました。

あゆみ通信137 第1面【第1面】

▼仏の願いに立ち返る(2020.3.19但馬宗務総長のメッセージより)

▼緊急告知 5月・6月 第2組の行事は中止です

▼『あゆみ通信』休筆します

▼編集後記(本持喜康)

 

あゆみ通信137 第2面【第2面】

▼弥陀をたのむ(『御文』の心=蓮如上人からの手紙=より)
《誤植の訂正》【誤】広瀬惺(たかし) → 【正】広瀬惺(しずか)/【誤】大阪教区9組 → 大垣教区9組

▼第2組の今後の事業について(第2組組長 墨林浩)

 

「あゆみ通信137号」のプリントアウトは、
↓↓ こちらのPDFファイルをお使い下さい。

あゆみ通信137号

あゆみ通信 VOL.136

あゆみの会(第二組同朋の会推進員連絡協議会/浪花 博会長)の機関誌『あゆみ通信』(編集:本持喜康事務局長)の第136号(2020年4月1日号)が発行されました。

あゆみ136 第1面【第1面】

▼彼の岸は浄土か冥土か天国か(米澤典之「真宗の生活」2010年から)

▼第2組人事(組長・副組長の交代)

▼4月 組主催の聞法会、大推協主催の本廟奉仕 中止の告知

▼最初のボタンのかけ違いが(本持編集長の編集後記)

 

あゆみ136 第2面【第2面】

▼友人の手紙から「クルーズ船の中で」

▼この一冊『続清澤満之と歎異抄』(延塚知道著)

▼第2組日帰りツアーのお誘い ← 中止になりました!

 

「あゆみ通信136号」のプリントアウトは、
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あゆみ通信136