第2組一泊研修旅行を開催

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5月28日(木)~29日(金)に寺族・門徒合同で21名の参加者で行われました。蓮如上人の時代以後の本願寺教団を支える大きな力となった三河地方の寺院を訪ねました。
1)松光山応仁寺(碧南市):応仁2年(1468)佐々木上宮寺如光の誘引により蓮如上人が三河へ巡化された拠点となった無住無檀の道場。山門は昭和20年(1945)の三河大地震により倒壊消失。
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2)赤羽別院 親宣寺(西尾市):赤羽村に蓮如上人の道場が開かれていた由来があり、後に江戸の旗本・本目勝左衛門尉親宣が西尾藩主に菩提寺建立を願い出て元禄13年(1700)念仏道場の再建として一寺を
建立したという特異な別院。山門は昭和13年(1938)杉浦米吉氏より寄進されたもの。

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3)雲龍山本證寺【野寺御本坊】(安城市):建永元年(1206)親鸞聖人
門侶の慶円の創建。永禄6~7(1563~1564)上宮寺・勝鬘寺とともに
三河三ヶ寺として知られ、三河一向一揆の時には、本願寺門徒であった
家康家臣侍の一部が離反し本證寺に立て籠もり、家康と敵対したという。
鼓楼や土塁を備え、水濠に囲まれた城郭寺院(城郭伽藍)が当時の姿を
留めていると言うことで最近境内全域が国指定の埋蔵文化財包蔵地になった。

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4)松應山蓮成寺(碧南市):応仁2年(1468)蓮如上人の三河巡行時、鷲塚の郷士
青木縫右衛門が法名(釈蓮成)を賜り本宗寺(後々の蓮成寺)を創建。
池端蓮成寺は、三河一向一揆(永禄6年)の拠点となり寺院が破壊されたり、
廃仏毀釈に反対する境内にいた僧や農民が暴徒化し役人を殺害した鷲塚騒動(明治4年)の
中心寺院になるなど、歴史的な事件の舞台になってきた。
真宗史研究者でもある青木馨住職より「三河の真宗」についての講話を聴聞
させて頂きました。

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5)向島山浄照寺(豊田市):永仁4年(1296)天台の僧侶存澄が創建、永正元年(1504)
蓮如上人の教化を受け、正宗が真宗に改宗し真宗開基となる。
江戸時代に無住の時代があったが、渡邊家家臣の渡邊宗哲(浄照寺第7世)が東本願寺
より御本尊を賜り入寺し再興に努め、さらには第16世の渡邊徹鑒が本堂の再建に努めた。
平成23年には教如上人が住んだ桃山時代の数寄屋風書院「北ノ御所」が浄照寺に移築
される。「北ノ御所」は徳川家康と教如上人との間を取り持った本多正信の3者が本願寺
東西分派を決めた歴史的な会談場所であったとされる。

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参拝途中に昼食を兼ねて、岡崎市の角久八丁味噌の工場を見学。

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先人たちの真宗興隆への思いを新たにした有意義な研修となりました。