隠れ念仏研修

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5月29日~31日にかけて、鹿児島県に伝わる隠れ念仏の研修(第五組青年会の研修として)に行ってきました。研修では主に西本願寺鹿児島別院、東本願寺鹿児島別院、鹿児島別院東俣出張所、花尾隠れ念仏洞、知覧特攻平和会館、ミュージアム知覧等に足を運び、隠れ念仏や戦争中の貴重な資料を見学しました。

薩摩の地に親鸞聖人を開祖とする浄土真宗(一向宗)が伝わったのは室町時代中期(1500年頃)と言われていますが、浄土真宗が民衆の間に広まると「阿弥陀如来の前には、すべての生きとし生けるいのちは等しく尊い」という浄土真宗の教えが、当時の封建体制に相そぐわない等の理由から、薩摩藩は浄土真宗を厳しく禁じました。
拷問、流罪、死罪などの厳しく過酷な弾圧が続く中、真宗信者は講(信者による集まり)を結成し、ひそかに山奥深い辺地や船上、ガマ(洞穴)の中で法座を開き、信仰を存続しました。これを通称「隠れ念仏」といいます。念仏禁制が解かれたのは明治9年(1867)9月5日でした。薩摩の真宗信者は実に300年もの間、お念仏み教えを譲り抜いたのでした。(花尾隠れ念仏洞看板より抜粋)

西本願寺鹿児島別院にて隠れ念仏の講義を頂く機会があり、そこで聞いた話ですが、念仏をしている所を見つかった者は厳しい弾圧にあったわけですが、誰一人として仲間を売るようなことは無かったそうです。「私個人の信心ならばすぐに仲間のことを話したでしょうが、この信心は『如来よりたまわりたる信心』阿弥陀様の信心を売ることは出来ない」と伝わっているそうです。また、海に生きる動物、山に生きる植物、生きとし生きるもの全てが等しく尊い命という親鸞様の教えを強く信じていたために拷問を受けている最中でさえ、「役人様はまだ親鸞様の教え、念仏の教えに出遇われていない。権力や暴力で解決なさろうとしている。私は痛い目に遭っていても黙って受け入れる」といった事でした。現在は厳しい弾圧も解かれ、念仏を自由に称えられるようになりましたが、命がけで伝えてくれた先達のように念仏の教えを聞いているだろうかと問題提起してくださいました。

私個人的には鹿児島別院東俣出張所で見せて頂いた花尾隠れ念仏洞で実際に使用されていたとされる御本尊を見せて頂いたことや、花尾隠れ念仏洞で実際にその場所を見学したことが印象的でした。

今回の研修では事前研修として圓徳寺の上場先生をはじめ、沢山の方々に講義やお話を聞く機会がありました。関係者の皆様本当にありがとうございました。