問い

法事でお経をあげるのはなぜですか。死んだ人が喜ぶからですか。

(16歳・女性)

答え

 ご質問と同様に、法事の席などで、「お経は、亡くなった人の何よりの供養であり、ご馳走です。お経をあげてもらって、亡き人も喜んでおり、自分も気持がすっとしました」という話をよくお聞きします。

 法事でお経をあげてもらうということの意味ですが、法事とは仏事(ぶつじ)とも言い、仏事とは「仏法の事業」ということです。この事業とは「おはたらき」ということです。「仏さまのおはたらき」に出遇(であ)わせていただくということが仏事であり、法事なのです。そして、その仏さまのおはたらきに出遇わせていただくのは、他でもない、法事にお参りしたこの私なのです。

 法事は、亡くなった人の年忌(ねんき)にあたるということで、私たちは法事を勤めお参りさせていただきます。浄土真宗では、お内仏(ないぶつ)の前に一同が座り、お寺さんにお経をあげてもらうのですが、まずご本尊(ほんぞん)に合掌(がっしょう)し、お念仏を申します。また年忌にあたる亡き人の法名(ほうみょう)は、過去帳や法名軸に記します。亡き人はお浄土に還(かえ)られた諸仏(しょぶつ)なのです。この亡き人をとおして、私たちはご本尊に合掌し、お念仏に出遇わせてもらうのです。

 法事であげられるお経は、お釈迦さまが私たちに説いてくださった真実の教えです。浄土真宗では、浄土三部経(『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』)を読誦(どくじゅ)します。ですからお寺さんがあげるお経は、お釈迦さまのこ説法なのです。お参りされている人は静かに拝聴し、聞法(もんぽう)させていただくのです。

 お経は行儀(ぎょうぎ)とも言われ、この法事の儀式・作法にのっとり勤められます。またお経のあとお寺さんから亡き人のことを通して、法事やお経のおこころがお話されます。その法話を聞かせていただくのです。

 ですから、お経は死んだ人が喜ぶからあげるのではなく、亡き人をご縁として、この私がお経のおこころに出遇わせてもらい、お念仏を喜ぶ身にさせてもらうのです。

 ことに浄土真宗の法事は、追善供養(ついぜんくよう)ではありません。亡き人が喜び、また安らかに眠ってもらう慰霊祭ではないのです。亡き人は諸仏として、南無阿弥陀仏のお念仏のなかに、この私にはたらいてくださっているのです。法事をご縁として、日々の生活のなかにお念仏のおこころを聞法させてもらいたいものです。

(教化センター通信 No229)

Pocket

Last modified : 2015/03/16 10:37 by 第0組・澤田見(ホームページ部)