問い

葬式や法事のとき、なぜ焼香をするのでしょうか。また真宗では香を額におしいただかないと聞きましたがどうしてですか。

(42歳・男性)

答え

 お香には、燃香(ねんこう)と焼香(しょうこう)があります。燃香は日常のお勤めの前に、前卓(まえじょく)の土香炉(どごうろ)にお線香を適宜に折り、横にして灰の上に置きます。お線香を焚くといい、立てることはしません。

 お内仏での焼香は普段はいたしませんが、報恩講や年回法要などでは、上卓(うわじょく)の火舎香炉(かしゃごうろ)に炭火を入れ、沈香(じんこう)あるいは五種香で焼香いたします。

 またお葬式や年回法要にお参りされたとき、焼香いたしますが、焼香は仏教の儀式には欠くことのできない大切なことで、灯明と共に釈尊ご在世の当時から行われたものです。

『大無量寿経』には「宝香合成之願(ほうこうごうじょうのがん)」「好香合成之願(こうこうごうじょうのがん)」という名前の願文(がんもん)があり、国中の一切万物(まんもつ)が無量の雑宝と百千種の香をもって共に合成(ごうじょう)せしめ、「その香、普く十方世界に薫んぜん」(真宗聖典p21)と誓われており、『願生偈』には「天の楽(がく)と花(け)と衣(え)と、妙香等を雨(ふ)りて供養し」(真宗聖典p137)と香を供具の中に入れ重んじられています。

 また親鸞聖人のご和讃に、

染香人(せんこうにん)のその身には
 香気(こうけ)あるがごとくなり
 これをすなわちなづけてぞ
 香光荘厳(こうこうしょうごん)ともうすなる真宗聖典p489

と詠われています。

 香は薫習する、その存在全体を包み、その全体にしみこみ、いつしかその存在そのものを染めあげて、その人自身の香りにまでなる。その染香人をもって、念仏者の徳が表現されているのである。したがって染香人という名は、念ぜられる如来の徳が、念ずる念仏者の上に成就していく相をあらわすものである。

宮城顗著『本願文(六)』大阪伝研の会編

と教えられています。

 したがって、お香は拝んだり額におしいただいたりするものではなく、仏事を通して薫ずることにより、日常生活に埋没している私たちが、念仏者の精神生活を取り戻すというはたらきがあるのです。
 そして燃香・焼香を通してその香を聞(か)ぎ、薫習されることにより、安らぎを感じ、豊かな心を取り戻す機縁にもなることでしょう。

(教化センター通信No.244/谷本 忍)

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Last modified : 2015/02/22 23:40 by 第0組・澤田見(ホームページ部)