ひとは じぶんのてがらに しばられ じぶんをくるしめる

~人は 自分の手柄に 縛られ 自分を苦しめる  

 誰しも自分をけなされるより、称賛を受けたいものである。その心があるからこそ、あらゆる面での向上もある。しかし、その心には「自分の努力、苦労、手柄を分かってくれない」「誰のお陰でこうなったと思っているのだ」という厄介な心も潜んでいる。時には「私さえ辛抱すれば」「私が辛抱しているからこそ」と辛抱すら手柄にし、恩を売りたい心がどこかに隠れている。
 仏教は縁起の道理を説く教えである。すべてが縁(条件)によって、成り立っていると教えている。我が身の存在も含め、何ひとつとして我が手柄にできるものはない。大いなるはたらきの内に在る我が身である。恩は売るものでなく感じるものであるともいう。まさに我が手柄心にご用心である。

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Last modified : 2014/12/12 11:16 by 第12組・澤田見(ホームページ部)