心を弘誓の仏地に樹て 念を難思の法海に流す ~親鸞聖人~ 

 親鸞聖人が『教行信証』を書き終えられるにあたっての最後のお言葉である。続いて「これに因って、真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭(ひろ)う」とも示されている。宗祖の立脚されている「場」は「人間の情」の世界でもなければ「人間の知恵分別の世界」でもない。まさに如来の本願によって顕かにされた「浄土」という大地である。
 そもそも人間は、本来的に真に安心立命できる世界を求めているものである。「一所懸命」の場を求めているものであろう。がしかし、人間を知恵才覚を廻らして我が意にかなう「場」や「空間」から一歩も出ることがないまま、諸行無常の現実の前に絶望しがちである。人間(我)を立場として安心を見出そうとする浮草の心を回心して、如来の本願を大地として存在の根を樹立し続けるところにこそ、現実社会の只中に生きる仏の智慧を賜るのである。

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Last modified : 2014/12/13 11:13 by 第12組・澤田見(ホームページ部)