2020.02.18 第11回 定例学習会

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休憩中の一楽先生

本日は四十一願と四十二願でした。

仏教は、人間が傷つけ合う姿を見た仏様の悲しみから始まりました。浄土で出遇って終わりではなく、そこからがまた大事です。浄土と出遇った私がこの世をどう生きていくのかが後半の大事な所です。仏の名を聞くところに、救いがあります。たとえ五体満足でなくても、耳が聞こえなくても目が見えなくても、それで良いのだと認められる心。仏の名を聞くところにその気持ちは生まれてきます。ですが、一度聞いて救われるはずはなく、心に煩悩の物差しが現れてしまいます。何度でも、仏様の名に出遇っていくことが大切です。そして何かを測ろうとする心からの解放が四十二願です。仏様から見れば、説法を聞き続けていけば、未来に仏になっていく人ばかりだそうです。物差しがすぐ出てくる私でも、いつかそうなれるのでしょうか?

先生のお話にはときどき田口 弘さんのお話が出てきます。28歳で失明されてから、朗読ボランティアの方に800時間の仏教の本を読んでもらったそうです。そのうちボランティアの方も仏様の言葉と田口さんのお人柄に心打たれ、帰敬式を受けられたそうです。すごい人だったと今日も偲ばれていました。

いよいよい次回は最後の学習会です。四十八願までいくとおっしゃっていたので、とても楽しみです。

休憩時間にはお茶とお菓子も用意しております。お気軽にお越しください。