Web連動企画【BOOKSしゃらりん堂】2

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教区教化委員会広報誌『しゃらりん』編集部員がお勧めする本の紹介。月に一度、銀杏通信上で連載しています。

仏典の植物をたずねて

安間剛志

仏典には実にさまざまな花々や植物が登場します。仏教のシンボルとも言える赤・黄・青・白の蓮花の花をはじめとして、お釈迦様がお生まれになったルンビニ園の無憂樹、お悟りを開かれた菩提樹、涅槃に入られた娑羅双樹など仏伝に登場する植物や、また、仏教の教理やその比喩でたびたび言及される優曇華や曼殊沙華、多羅樹や曼陀羅花など、さらには、薫香の植物としての旃檀や沈香、薬用の植物として芥子などもよく目にします。中には、おそらくは架空の植物と考えてよいのでしょうが、如意樹や空華なんていうものまで出てきます。実に仏典には、さまざまな花々や植物に彩られているのです。

おんみ世尊のもろもろの感官は澄みきり、皮膚の色は清浄で、顔の色は清らかであり、黄色く輝いております。あたかも、秋のなつめ(vadara / badara) が、淡黄色で、清浄で、清らかであり、黄色く輝いているように、まさしく同じように、世尊のもろもろの感官は澄みきり、顔の色は清浄で、皮膚の色は清浄であり、黄色く輝いております(藤田宏達訳『無量寿経』)

しかし、私たちはそれらの植物についてほとんど漠然としたイメージを持っているに過ぎず、具体的にどのような植物なのかと問われたら、とたんに返答に窮してしまいます。仏典に出てくる植物の比喩は、難しい教義を解かりやすくするためのものであるはずなのに、私たちはインドの植物について知らないので、その比喩を聞いてもいまいちピンとこないということがあります。

例えば、『大無量寿経』は、阿難尊者が世尊のお姿が清浄で「光顏巍巍」として眩いばかりに輝いている様子に驚いてお尋ねになるシーンから説法がはじまります。世尊が輝いているお姿は、本堂のお荘厳なども頭にちらつき、黄金色にピカピカと後光を指して輝いている様子を想像しますが、ここの梵語の翻訳を見てみると、「あたかも、秋のなつめが、淡黄色に輝いているように」と例えられているのです。もしも、淡黄色をしたインドの「秋のなつめ」を具体的に知ることができれば、どのようにお釈迦様が輝いておられたかということが、よりはっきりとイメージされることでしょう。釈尊の、いまや出世本懷の教えを説かんとするときに放たれる無量の光明は、こうした輝きなんだなあと。

青い蓮華は青い色で、青く輝き、青く見え、黄色い蓮華は黄色い色で、黄色い輝き、黄色く見え、赤い蓮華は赤い色で、赤く輝き、赤く見え、白い蓮華は白い色で、白く輝き、白く見え、種々な蓮華は種々な色で、種々に輝き、種々に見え、これらの蓮華のまわりは車の輪ほどの大きさがある(同訳『阿弥陀経』)

また、『阿弥陀経』に描かれる蓮花は「青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光」と説かれていますが、最近は葬儀会館等での備え付けのお荘厳での葬儀や法事が多いものですから、ともすれば一定時間で色が変化するLED ライトの電飾の蓮花などを想像してしまい、趣を欠くこと甚だしいと言わねばなりません。

ところが、実際にはインドの青蓮花(ニーロートパラN¯ılotpala)・黄蓮花(クムダKumuda)・赤蓮花(パドマPadma)・白蓮華(プンダリーカPun.d.ar¯ıka) は、そうした無機質な原色ではなく、それぞれに絶妙の色を保ち、独自の名前を持ち、独特の謂れを有し、花や葉の姿形もすべて異なるのです。

こうした仏典に描かれる花々や植物に関する疑問には、以下にご紹介する書籍が見事に答えてくれるでしょう。時にはカラー写真やイラスト入りで、時にはその教義の説明を交え、インドの植物についての鮮明なイメージと該博な知識を提供してくれます。仏典の植物がよく解るようになってはじめて、インドの土壌に芽生えた思想を、より身近により深く味わうことができると言えましょう。


中村元『仏教植物散策』, 東書選書, 1986 年.


中村元(監修)・石川響(絵)・三友量順(文)『インド花巡礼—ブッダの道をたどって』, 春秋社, 1996 年.


和久博隆『仏教植物辞典』(新装版), 国書刊行会, 2013 年.


満久崇麿『仏典の植物辞典』, 八坂書房, 2013 年.


T.C. マジュプリア(著)・西岡直樹(訳)『ネパール・インドの聖なる植物辞典』, 八坂書房,2013 年.

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