「是旃陀羅」問題についての学習会
- 2026年03月13日(金)22:51

「是旃陀羅」問題学習会(3.6 来通寺)
3月6日、「是旃陀羅」問題についての学習会が本山解放運動推進本部の中山量純師を迎え、来通寺(城東区・鴫野)で行われました。「是旃陀羅」問題は人間解放を願う方々からの提起を受けて、現在宗門を上げて取り組んでいる課題です。
旃陀羅(せんだら)とは、古代インドの身分制度の最下層に置かれた人々を指す言葉で、彼らを不浄な者として卑しむ差別的な蔑称として用いられて来ました。浄土真宗が依り所とする浄土三部経の1つの『仏説観無量寿経』に描かれた、王舎城の悲劇の物語の中に実にこの語が現れます。阿闍世王が父王だけでなく、王妃である母親をも殺そうとした際に、家臣が「是れ旃陀羅なり(それは旃陀羅です)」と諌めた場面がそれです。
この「是れ旃陀羅なり」という表現について検討が加えられ、母親を殺すような極悪非道な行為は旃陀羅が行うことだ、という差別観念に基づいた従来の解釈を、改めて母殺しの悪逆な振る舞いがクシャトリヤ(王族)の身分を汚すこととして、城を追放されよう、と捉え直しています。以上のことは、宗門において近年まとめられた学習テキスト「御同朋を生きる」に書かれています。
しかしながら、旃陀羅という語が差別的な社会通念を是認した表現として用いられ、被差別部落の人たちを排除すべき呼称として使用されて来た宗門の歴史的経緯を看過することはできず、それが人間平等の僧伽を開いた釈尊、同朋精神の地平を明らかにした宗祖親鸞聖人の教えにもとる差別的視座であることは疑い得ません。そのことを私たちは謙虚に受け止め、自らを問い糺す姿勢を忘れずに課題に学び続けなければならないのだと思います。
講義の後の質疑応答の時間にも活発に意見交換が行われ、差別を巡っての対話の必要性や親鸞像の再構築が話題に上がりました。また、実生活において差別的表現を見聞きした時の対応についても、中山師から参考になる助言をいただき、大変有意義な学習会となりました。






「是旃陀羅」問題学習会【しゃらりん34号】
約2年5カ月ぶりに合同聞法会
第21組 お寺入門講座を開催しました。