リュウ君おはよう

私は、旭川別院に六年間いましたが、その前は京都の岡崎別院というところで二年間、その前は大阪の茨木別院に六年間勤めていました。この茨木別院は、幼稚園と保育園を両方経営しているのです。

あるときに市役所の担当の方がこられましてね、お母さんの産休が終わった子どもを一人預かってもらえないかということでした。それでお話を聞いたら、その子はお母さんのおなかの中にいる間に目を患って、緑内障でオギャーと生まれたときには全盲、まったく見えない状態でした。生まれてから専門の先生が看られても、もう回復する見込みはなく一生盲目の子です。その子どもを預かってほしいと来られたのです。

私が一人で「はいはい分かりました」というわけにも行きませんから、さっそく職員会議を開いて保育園の先生も幼稚園の先生も全部集まってもらい、引き受けるかどうかを論議してもらいました。私が出席すると、先生方が発言しにくくなると思いお寺で待っていました。

三時間後に職員がやってきました。「今まで話し合ったのですが丁度意見が二つに分かれました。引き受けようという人と、何の準備もないのに引き受けて大丈夫か、一年くらい置いたらどうかという意見の二つです。これ以上は園長先生に一任します。」と言ってきたのです。それで私はもう腹は決めていましたので、即座に「引き受けましょう。この子を一人前にして初めてここの保育園が一人前になるんです。この子を断ったら一生ここの保育園は一人前になれません。だから努力しましょう」と言ったのです。

その子は、下の名前をリュウ君と言います。私は気になるものですから毎日教室へ見に行きました。よちよちと歩くくらいになったときです。一番教室の奥で一人で積み木で遊んでいました。それで私は入り口に立って「リュウ君おはよう」と言ったのです。そしたら、びっくりしました。入口に立っている私に、ちゃんと顔を向けるのです。普通だったら声がすると「あ、どこから言ってるのかな」と、一度顔をあげてキョロキョロするのです。だけどリュウ君は、ちゃんと私の方へまっすぐ顔を向けるのです。目が見えなくなると他の感覚が鋭くなるのですね。それをリュウ君は自分の中で、ちゃんともう育てているのです。

そしてリュウ君は、「あ、園長先生や」と、私の方へ歩いて来ます。その時に私はもう一つびっくりしました。同じような年ごろの子どもが二、三人まわりにいたのですが、その子たちが歩いてくるリュウ君の前にあるオモチャを、パッと這(は)って行ってどけてあげるのです。

私はこれを見て感動しました。子どもたちは、どうしたらリュウ君を助けることができるのかをちゃんと知っているのです。我々はそういう人をみると、可哀想に、気の毒に、という気持ちばかりが湧いてきますが、これは絶対いけない気持ちなのです。なぜなら可哀想にとか気の毒にとは、相手を見下げているじゃないですか。

残念ながら我々にできるのはせいぜいこの見下げる気持ちを持つ程度です。だけどリュウ君のまわりの子どもはもう理屈じゃないのです。目が見えない子が歩いていたら、何をするのがその子を助けることになるのかをちゃんと知っているのです。そして、そういうことを教えてくれているのがリュウ君なのです。全盲の子には全盲のすばらしい値打ちがある。だからまわりの子どもたちも見下げないのです。ですから、こんな子供はいらないのだとは絶対に言えないのですね。

リュウ君は、今、中学校へ行ってます。私は別院を辞めてから会ってないのですが、最近、住所がわかりましてね。会えるようにいま連絡をしてくれているのです。会うのが楽しみですね。一番に言ってみようと思っているのです。「リュウ君」って。そしたら「園長先生や」て答えてくれるかもしれないです。私の声を覚えてくれているでしょうか。

老人には老人の価値がある

全盲の子には全盲の素晴らしい値打ちがあるんです。一切のものに値打ちがあるのです。それを我々は、あれはいいけどこれはいらない。こっちは値打ちがあるけど、こっちは値打ちがないと値踏みしているのでしょう。そういうことを平気で行なっているのです。

その私の心を照らし出してくださるのが阿弥陀如来様の光。私の愚かな心を照らし出して、本当に尊いものはここにあるのですよ、いのちを支えている「いのち」、いのちをいのちたらしめている「いのち」を示してくださいます。

そう思ったら、老人には老人の価値があるのです。そりゃ、体力は劣ります。でも堂々としていればいいのです。身体障がいの子どもにも価値がある。一切のものに価値がある。ですから我々は先ず、老人の価値とは何かそれをしっかりと阿弥陀如来様の光に照らし出されて受け止めていくことが大事なのです。

逆に、私たちから念仏を取り上げてしまったらどういう生活になるのでしょうか。年を取ったからと卑下して、うっかりしたらもう早く死んだほうがましだと人生捨ててしまったりします。ところが自分が年取って愚かになりながら、障がいがある人を「可哀想に、気の毒に」と見下げてしまう。ひょっとしたら、もうすでにそういう非常に人間性を失った老人になっているのかもしれません。そういう私たちに、南無阿弥陀仏のお念仏は、私の中に届いて、大切なものを教えてくださっているのです。

だから歩けなくなってもお念仏を頂いたらいいのです。お寺に参れない体でもお念仏を頂いたらいいのです。そしたらいろんな喜びが私に届いてくる。だから念仏でしか救われないのです。

これが、このたびのテーマであります。今日はここでお話を終わりますが本当はこの後、いのちとは何なのかということをまだお話しなくちゃいけない、本当は続いていくのです。

しかし、四十分というご案内をいただいていますので、一応ここで終わろうと思います。

合掌

本書は、2017年12月4日に難波別院堺支院(堺南御坊)で開催された「第4回第21組 推進員の集い」の澤田秀丸先生のお話をまとめたものです。
この「推進員の集い」を開催するにあたっては、当検討会の推進員と住職で何度も打ち合わせを行いました。
その結果、日頃お念仏を申しながらも、ふと頭をよぎる「南無阿弥陀仏で本当に救われる?」という、正直な疑問を先生にお伺いすることにしました。
先生は、まるでお念仏を疑うかのような私たちの問いに対し、丁寧に順を追ってお念仏によって救われる事実を教えてくださいました。それは、決して堅苦しいものではなく、楽しくそして力強く、全てが先生が生活の上で気がつかれた具体的な仏様のおはたらきそのものでした。
そこで、このたびの先生のお話を少しでも多くの方と分かち合いたく冊子として取りまとめました。
最後になりましたが、本書の発行に御快諾いただきました澤田秀丸先生に深甚の謝意を申し上げます。

2018年10月1日

推進員の活動に関する検討会

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Last modified : 2020/04/28 17:56 by 第12組・澤田見(組通信員)