「本願寺の相伝に学ぶ」

Pocket

研究班の会合の様子(2018年4月撮影)

◇本願寺の相伝

当研究班は、本願寺の「相伝」に着目して学んでまいりました。その学びによって明らかになったのは、真宗大谷派の本願寺における儀式と教学は、蓮如上人以降の相伝に基づいたものであったという事です。しかし相伝の伝統は、江戸時代後期に断絶しています。法要の基本形は江戸時代から大きな変化はないのですが、教学は高倉学寮で展開された教学がスタンダードになったことで、昭和の初めには相伝を知る人がいなくなっていました。

相伝とは何か。親鸞聖人の「よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」(『歎異抄』)という言葉によく顕われています。法然上人-親鸞聖人-如信上人-覚如上人と伝持された「如来よりたまわる信心」の相続こそが相伝です。だからこそ相伝は、阿弥陀如来の御心のままを「当家の御己証」によって伝えるのです。

「当家の御己証」をそのまま後世に伝えていくのが本願寺歴代の大事な役割であり、覚如上人の願いを承け、蓮如上人と実如上人の時代に相伝の基盤が整えられました。以後、法主の補佐を担ったのが五箇寺でした。

ところで、法主と五箇寺が継承していた相伝の儀式や、『真宗相伝義書』・『真宗相伝叢書』に収録された精緻な講義録の存在は、相伝とは、人を選んで特別な教学を伝授するものだと思わせるかもしれません。しかし、そういう先入観が相伝の本質を見えなくさせてしまいます。

『深解科文』(一部)

◇『広本』相承の儀式

まず相伝の儀式ですが、師匠が弟子に『教行信証』を素読する、つまりそのまま読んで聞かせる、というものでした。「当流の一途、取捨助加をからず古来のままを用うるを本意とする」相伝は、「少しも加減せずもっぱら経法を直に説き伝えたまうと信仰し敬読し奉ることぞなり」(『入出二門偈 分科意得』)と伝えます。その心が、素読を内容とする儀式で伝えられたのです。これを「深信の伝」といいます。

相伝の儀式(『広本』の相承)に際して、『深解科文』という『教行信証』の科文が授けられます。しかしそれは、特別な教学を授けることではありません。「当流相承の一途と云うは、(中略)ただ平生に取りあつかう知れたる義、覚えたることを、幾度も幾度も聴聞して心底に徹到するより外に学問はなきなり。自己の知解識情をはたらかさず、御教の一途を心底に徹するときは、我が方には覚えず知らねども、他人もおのずから信心獲得の利益を蒙る」(『略本私考』)というものです。

◇存覚上人と学寮/相伝の否定

覚如上人の御代に、親鸞聖人の廟所であった大谷の影堂は、本願寺と号することになりました。「黒谷(=法然)・本願寺両師御相承の一流」を弘通するのが「聖人の御本廟本願寺」の務めであり、覚如上人は自分の後任の本願寺留守職に、長男の存覚師ではなく、次男の子・善如上人を選びます。

その理由には諸説ありますが、相伝では、祖師の御本意の一途に不相応であったが故に存覚師は義絶され、本願寺の歴代には数えられなかったと伝えています。

「総じて祖釈の妙釈に取捨を加え助加を雑うること、(中略)『六要鈔』にも処々にこれあり、存覚の僻なり」(『入出二門偈 分科意得』)とあるように、存覚師は博識宏才であるものの、それは自己の知解識情をたのみにした学問であり、存覚師の『六要鈔』における解釈は悉く『教行信証』の素意に違い御己証に異するものなので、『六要鈔』はよくよく注意して読まなければならない、と伝えています。

相伝は、東西分派後は西派では断絶し、東派でのみ連綿と伝統されてきました。ところが江戸時代になり、本願寺に列なる寺院や僧侶が急増したため、学問場として学寮が設けられると、『教行信証』を存覚師の『六要鈔』に依って学ぶ気風が広まりました(東西ともに)。東派の高倉学寮は、最盛期には二千人の所化(生徒)が集うほどの規模となりました。学寮の講師は宗門の安心(信心)の正邪を裁断する権限を持ち、香月院深励師は相伝や『深解科文』を異安心であると断じ、否定しました。

上:真宗相伝義書
下:真宗相伝叢書

◇相伝の再発見

そのため本山と五箇寺における相伝の儀式が断絶し、相伝を語ることさえも禁じられたため、相伝の伝統は忘れ去られてしまいました。

昭和11年、堺・真宗寺の足利演正師が五箇寺に残る相伝文書の存在を調査し、ガリ版刷りで翻刻して有志で勉強会を始めたのが、現代における相伝研究の始まりでした。1979年より東本願寺出版部から『真宗相伝義書』(全21巻)が発刊された事で、容易に相伝に学ぶ事ができる環境が整いました。

相伝では、大谷派の御堂の荘厳や儀式は、如来の御心の表現であり、如来の説法と考えます。機の深信を自覚することを強調する機辺に立つ教学だけでなく、仏の方から説かれる教学、教学と儀式は両輪かつ一体である相伝に学ぶことも、大切なのではないでしょうか。

教学儀式研究班主任研究員 池田英二郎 (『南御堂』2020年5・6月号掲載原稿に加筆しました。)

【補 足】

①相伝には、親鸞聖人の主著『顕浄土真実教行証文類』の事を『教行信証』と呼ばず、『広本』と称する伝統があります。聖人の『浄土文類聚鈔』を『略本』と呼び、蓮如上人の教え(『広略大意指南文』)に従って『略本』によって学ぶことを基本としていました。
一方、高倉学寮は『教行信証』を『御本書』と称し、存覚師の『六要鈔』を『末書』と呼び、『末書』によって学ぶ伝統がありました。

②2005年より方丈堂出版から発刊された『真宗相伝叢書』(以下、『叢書』)は、東本願寺から出版された『真宗相伝義書』の漢字や仮名遣いを現代の表記法に改めた改訂版です。『叢書』の「補巻」には、『叢書』発刊の完結後に発見された『高僧和讃講義』・『正像末和讃講義』が掲載されています。
現在、東本願寺出版部刊の『真宗相伝叢書』は絶版となっており、『叢書』も完売となりました(重版未定)が、『叢書』のDVD-ROM版が方丈堂出版から販売されています。

③この原稿で紹介した『深解科文』は『叢書』第1巻、『略本私考』は『叢書』第2巻・第3巻、『入出二門偈 分科意得』は『叢書』第12巻、『広略大意指南文』(別名『教行信証大意』)は『叢書』別巻に収録されています。