第21組 社会問題を考える会 研修旅行その2

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初日の呉、大和ミュージアムなど、二日目午前中は広島市内に続いて、午後は新幹線と在来線、船を乗り継ぎ大久野島まで足を伸ばしました。

この島は最近メディアでも取り上げられることの多い所で、理由は1000羽を超える野生のうさぎがいるからです。特に海外では有名で、この日も外国人の姿が散見されました。

発電所とうさぎP1020813P1020839P1020837

もちろん我々は研修なので、目的はうさぎではなく、もう一つのこの島の顔、旧軍の毒ガス製造工場でした。

戦前、毒ガスの研究・製造は最高機密とされ、この島は存在そのものが隠蔽され“地図から消された島”とも呼ばれています。

資源の乏しい日本軍では毒ガスは安価で効果的な兵器として研究が進められ、実戦でも使われていました。研究・製造には巨大な施設も必要で特に発電所は大出力のものが建造されました。

元々、発電所日清戦争時に防衛施設として砲台が築かれた大久野島は毒ガス製造に際して、全島民が強制移住させられ完全に軍管理の島となりました。さほど大きな島ではないので、本土から船で通う軍属もいたようですが、厳しい守秘義務を課されていたのと、戦犯として裁かれることを恐れ、証拠隠滅を徹底したため、長らくこの島は忘れられていました。ウサギの島として有名になったことが、毒ガスの島という歴史を掘り起こしたともいえます。

 

ただ、大久野島の戦争遺跡は保存されず、現状のまま朽ち果てるままになる事が決まっています。形があるものは人の目に触れやすいですが、形を失ったものは人に訴える効力が薄れます。かといって、全てを残すこともできない。後世に歴史を伝えるのは難しい、と感じた今回の研修でした。

弾薬庫P1020832