2019年02月

沖縄の海はとてつもなく綺麗でした。

21組では2019年1月30.31日と沖縄への現地学習を行いました。

21組の教化事業の一つ「社会問題を考える会」で例年行われている行事です。

社会問題を考える会では太平洋戦争を振り返る事から現代の問題をあらためて見つめるフィールドワークを毎年行っており、基本現地集合・現地解散の乱暴な研修ですが、その分濃い内容の学習を心がけています。
2015年東京防衛省・靖国神社・千鳥ヶ淵、
2016年長崎、
2017年広島、
2018年岐阜に続き、
2019年の今年は沖縄へ向かいました。太平洋戦争を学ぶ上で外せない場所であり、現代にも問題が継続している場所です。

初日に首里城~旧海軍司令部壕~東本願寺・沖縄別院~普天間基地の見える嘉数高台公園~辺野古の海を。
二日目は糸数アブチラガマ~沖縄県平和祈念資料館~ひめゆりの塔~慶座絶壁~南風原壕群20号の計10カ所を足早に回りました。

琉球王国の政治、外交、文化の中心地として威容を誇った首里城。ここもまた1945年の沖縄戦で灰燼に帰し、1992年沖縄の本土復帰20周年を記念して国営公園として復元され、現在は世界遺産として登録されています。たまたま御内原(おうちばら)などの首里城「奥」の世界が復元公開されるタイミングで、外国人旅行者もたくさん訪れていました。往年の琉球王国もこのように国際色豊かであったのだろうと、しのばれます。

次は旧海軍司令部壕、有名な「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ」の大田司令官の海軍次官への電文が発せられた場所で、1970年から修復・公開が行われています。旧軍は硫黄島での地下壕持久戦に活路を見いだし、米軍を水際での迎撃ではなく陸地に引き込んで地下壕による持久戦術を沖縄戦で採用しました。この壕の建設も1944年8月と終戦の1年前であり、本土決戦への時間稼ぎのためのものでした。このことが当時の沖縄県民に多大な犠牲を強い、そして「かく戦えり」の電文へとつながりました。
ほとんどの沖縄で戦った軍人が沖縄県民のことを考えていなかった中、異色の司令官であったのは確かでありますが、後世に特別の計らいどころか、終わらない戦後が今に繋がっている、と知れば大田司令官はどう思うのでしょうか。
http://kaigungou.ocvb.or.jp/

次に、終わらない戦後、を見に行きます。
「世界一危険な飛行場」、アメリカの国防長官をして、どうしてこんな町中に、と言わしめたのが米軍普天間基地です。海兵隊のヘリコプター部隊の拠点でオスプレイも配備されています。この日も飛行はしていませんでしたが、駐機してるのは嘉数高台公園からもみてとれました。普天間の発着かは確認できませんでしたが、ヘリや軍用機が飛ぶのは本州ではみない回数目撃しました。この飛行場の隣接する場所には沖縄国際大学があり2004年には米軍のヘリコプターが墜落、校舎が破壊されています。たまたま休暇期間中でキャンパス内に学生がいなかったため職員・学生に死傷者は出ませんでしたが、普天間で事故は起きていました。私は不勉強で今回沖縄に行くまでこの事故を知らなかったのですが、この時も米軍はいち早く事故現場を囲い込み、日本の警察・消防は近づくことも出来なかったそうです。
https://www.odnsym.com/spot/kakazu.html

最後は、辺野古の海を見に行きました。米軍キャンプシュワブの沖にある海で、普天間基地の移設先として埋め立て工事が始まっています。ここには埋め立て反対運動のテント村があり、そこの女性に状況や問題の説明を受けました。とても静かなトーンでかなりの情報量を過不足無くお話いただき、本州で報道されていない部分のことも教えていただきました。

個人的なことですが、沖縄は人生初であり、ほんとうに海の美しさに圧倒されました。本島の中北部には(米軍基地が多いせいもありますが)開発されていない、美しい自然が残りリピーターが多いのもうなずけました。辺野古にとどまらず、この海は後世に残るべきものだと感じた研修です。

二日目へと続きます。

おまかせ!出張相談室 in 光圓寺

いくつになっても知りたい、わかりたい、使いこなしたい、というのは人間の根源的な欲求です。大仰な始まり方をしましたが、去る2019年2月12日(火)ホームページ部は依頼があり、出張パソコン相談室in光圓寺を開催いたしました。
前回に引き続き19組さんの教化事業に出張相談室です。

会所の光圓寺さんに集合し、16時に参加者9名でスタート。今回は「ホームページ作成について」というテーマで 3名のホームページ委員のリレー形式で講習いたしました。

ご挨拶のあと、最初にインターネット・ブログ・SNSの違いと、それぞれの使い方・特徴を説明しました。

次にインターネットの仕組みについてかなり突っ込んだ話をしました。HTML言語やドメインなど複雑ではありますが技術の根幹にある部分の説明、とても重要です。

休憩を挟んで 今回のメインとも言えるホームページをこの場で作成する実演です。この部分は口頭の説明は難しいのでプロジェクターに投影したパソコン画面を見てもらいながら無料ホームページ作成サービスを利用して登録・ログインするところから始めました。なかなかに難しいテーマですが熱心に聞いていただけたと思います。

最後にホームページなどで情報発信するにあたっての注意事項「ITリテラシー」についての話をしました。個人ではないお寺、僧侶としての発信なので自由ではあるが守るべき規範があり、それを逸脱してしまうと“ネット炎上”につながってしまうという話でした。

参加者の方からも休み時間・終了時間後に質問もあり有意義な講習となりました。

ホームページ部では 今後とも出張パソコン相談室など出向きますので、各組関係各位の方はご依頼下さい。スタッフがご説明・講習に伺いますよ。

またホームページ部は毎月第二・第四木曜日に16時~18時、難波別院内でパソコン相談室を開催しております。寺族でパソコン・デジタル機器の操作・利用でわからないという方は是非一度お越し下さい。ただちに優秀な探偵、もといホームページ委員がご説明いたします。ご利用の際は大阪教務所に先にご連絡いただくか、銀杏通信にメールでお知らせいただくと、スムーズに進むかと思います。

皆様のお越しをお待ちしております。

今日です!2月13日 公開講座 『災救マップ』~地域と寺院のネットワーク~

午後6時より始まります、よろしくご参加ください!

公開講座 『災救マップ』~地域と寺院のネットワーク~

講師 稲葉圭信氏 (大阪大学大学院教授 共生学専攻 宗教学者)

日時 2月13日(水)午後6時~8時 (受付午後5時半)

会場 難波別院(南御堂)同朋会館講堂にて

  ボランティア公開講座

2019.01.22 教区坊守会互礼会

約90名の皆様にご参加いただき、今年も滞りなく終える事ができました。所長さんの歌から始まり、締めは今年も河内音頭。軽やかな歌声に合わせて踊ります。見様見真似の振りにも慣れ、もう少し踊りたいという所で楽しい会も終了です。役員の考えたイントロドンのゲームも、皆様のご協力のおかげで楽しんでいただけた様で、一同安堵しております。

来年もたくさんの皆様のご参加をお待ちしております。

第46回門真市仏教講演会

13組の寺院がすべて門真市仏教会に所属していますので、ご案内させていただきます。
第46回門真市仏教講演会のご案内です。3/9(土)午後2時開演(1時半開場) 門真市民文化会館ルミエール小ホールにて、やなせななさんをお呼びして「いのちのふるさとを求めて」と題しての法話コンサートが催されます。どなた様でもお越し頂けます。入場無料です。満席(252席)になると入場できませんので、お早めにお越しください。会場の地下に有料駐車場があります。

折々の華③【しゃらりん34号】

折々の華「本山の仏華、一般寺院の仏華」

  

御本山の仏華と、ちいちの華のものとでは、ずいぶん違いますねと言われることがよくあります。

そもそも大谷派の仏華は池坊の立華(りっか)が基本になっています。上の左図はその中の松の除真(のきしん)の立調図です。ここにあるように九つの道具(役枝)、すなわち真(しん)・副(そえ)・請(うけ)・正真(しょうしん)・見越(みこし)・流枝(ながし)・前置(まえおき)・控枝(ひかえ)・胴(どう)で構成されています。またその他、場合によっては内副(うちそえ)や副下(そえした)、請下(うけした)、木留(きどめ)、草留(くさどめ)など十数種類あるあしらいの小道具を用いることになっています。

ただしこれはあくまで床の間に飾るためのお華であって、本堂の御内陣という特殊な空間にそのまま置いても、どうしても見えにくく、映えないということになります。

とくに御本山の両堂という広大な空間では、仏華も巨大なものにならざるを得ませんでした。「花小商店」という本山立華の専門業者がおそらく試行錯誤しながら特殊に進化させていったのが、現在の東本願寺の仏華だと言っていいでしょう。実際にご覧になったらおわかりになるように、遠い距離からでも目立つように役枝等を太く派手に強調しています。また菊などの色花も単独では見えないため、何本も重ねたり束ねたりしてひとつの花材として扱っています。その結果、あれだけの距離を隔てても、圧倒的な存在感を持った仏華が生まれました。

いっぽうで一般寺院の御内陣にはそこまでの空間はありません。もちろんお寺にもよりますが、単独でお花を使ってもしっかりと視認できる広さです。ちいちの華はそんな私たちの御堂に適した仏華を立てるべきだと考え、研鑽してきました。お流儀のものと比べると誇張したり省略したりしていますが、それでも木々の枝の姿勢、色花の一輪こそを生かして、池坊立華本来の様式、役枝が形作る空間、季節の草花による色彩を大切にしながら立調しています。

また一般寺院では御本山のように業者を常に雇うわけにはいきません。そんな中、できるだけ楽しく簡単に、またなるべくコストも抑えられるようにと工夫をしています。

どちらが正式とか、正解ということではありません。それぞれの事情にあわせた美しい仏華を立てさせていただくことが、いちばん大切なのではないかと思っています。

立華・文 ちいちの華 澤田 見

マンガ「真宗仏事研究所③」【しゃらりん34号】

「真宗仏事研修所」(作・廣瀬 俊、画・上本賀代子)です。寺報などに転載していただいてもかまいません。

大阪教区伝研の会 自主伝道研修会開催

自主伝研案内2019

大阪教区伝研の会による自主伝道研修会を開催致します。

藤井慈等先生をご講師に、「宗門人としての私の課題~人と出遇い、本当の私と出遇う道~」というテーマのもと、2泊3日の日程で行います。

このたびの研修が、私と宗門との関係を明らかにし、これから先どのように宗門人として歩んでいくのか、その現状と課題を、一度立ち止まって共に考える機会となれば幸いに存じます。何かとお忙しい事と存じますが、万障繰り合わせの上ご参加いただきますようよろしくお願い致します。

日程 6月11日(火)午後3時~6月13日(木)午前10時

テ ― マ   「宗門人としての私の課題」 ~人と出遇い、本当の私と出遇う道~

講    師    藤井 慈等 師 (三重教区慶法寺住職)

会    場   「砺波(となみ)詰所」

600-8174 京都市下京区不明門通花屋町下ル高槻町361  075-351-6468

参 加 費      10,000円(当日お持ちください)

申込方法     4月30日までに、下記「事務局」までお申し込み下さい。(郵送もしくは電話にて受け付けております。)

【事務局】

・住所   〒584-0021 大阪府富田林市中野町2-3-16 正受寺内

・電話    0721-23-6048

※ 質問等ございましたら、上記までお問い合わせ下さい。研修日程等の詳細は、追ってお知らせいたします。

教えて教務所「本山授与のご本尊について」【しゃらりん34号】

今回は、お内仏(仏壇)にご安置するご本尊について説明したいと思います。ご本尊は東本願寺(真宗本廟)からお受けします。受付窓口は、京都の東本願寺(真宗本廟)参拝接待所、または大阪教務所です。お求めの際は、申請書等は特に必要ありませんが、仏壇やご安置する場所の寸法を事前に十分にご確認ください。
お内仏のご本尊には、大別して「軸型(じくがた)」・「三折型(みつおりがた)」・「額装型(がくそうがた)」の三種類があり、様々なご家庭の住居環境に対応できるように配慮した仕様となっております。寸法・種別・授与礼金が詳細に異なりますので、教区通信(p91・92)をご参照いただき、ご門徒のニーズに相応したご本尊(授与物)をお選びください。

まず、多くのご門徒がお受けされるご絵像のご本尊(軸型)について説明いたします。この「軸型」には表装の種類が、「金襴(きんらん)表装」と「無金(むきん)表装」の2種類があります。金襴表装は、本紙を表装する裂地(きれぢ)と呼ばれる布地の部分が金糸で織られたものです。無金は、裂地部分が黄色の糸で織られたものです。また、「金襴表装」のご本尊には金泥(きんでい)塗りと截金(きりがね)細工の2種類があります。金泥塗りは、純度の高い金粉を膠(にかわ)の液に泥状に溶いたもので金色の部分を描く技法です。截金のご本尊は、後光(ごこう)・衣・蓮台(れんだい)部分の仕上げに截金細工を用いています。截金細工とは、純金箔を竹刀で細く線状に切りだし、貼り付けていく伝統技法です。この技法を用いることでより御本尊が浮き出て見えるようになります。

そして、あまり知られていない木仏のご本尊についても説明します。木仏のご本尊は門徒用授与物と異なり、本山から授与されるものではありません。ご門徒の方が木仏をご所望の際は、仏具店や有縁の仏師に調製を依頼し、完成した木仏を本山の授与物委員会が点検し、認定をします。点検が完了いたしますと、ご門首より願人法名での裏書をいただけます。なお、申請の際は宗務所と点検期日の調整などの事務手続きがありますので、必ず事前に教務所へご相談ください。

ちょっと聞いてこ「本尊について」【しゃらりん34号】

本尊について/沖野頼信さん

真宗大谷派の本尊は「阿弥陀如来」です。
その「本尊」の持っておられる願いごとを「本願」といい、本願を聞いて救われるのを「信心」といいます。
真宗では願いごとをするのは阿弥陀如来の側であって、人間はその願いを聞く側です。
自分で願い事を作って、仏様にその願いを叶えてくださいと頼んだりはしません。
なぜなら、そんな自分で作った願い事は、欲望の満足を願っているだけだからです。
しかし第十八番目の本願で、阿弥陀如来から教えていただいた、一つの「願い事」だけは例外です。
それは、「欲生我国」(極楽浄土に生まれたいと欲する)です。
この願い事をしたあとは、修行をします。
「乃至十念」(まあ大体十回ほど、お念仏を称える)です。南インドの龍樹菩薩はこの修行を易行と言われました。
本来仏教はこの世の真実を顕らかにするものです。それを「悟りを開いた」といいます。
それで、お釈迦さんはそのために三つの法を説かれました。それを「三法印」といいます。
これを説く宗教を仏教といい、これを説かない宗教は仏教ではない、という意味です。
まず最初の法は「諸行無常」です。これは神様も仏様も、それから私も「この世を思いどおりにはできない」という意味です。仏花がそれを表しています。
次の法は「諸法無我」で、この世を客観的に見れば「良いも悪いもないよ」です。お燈明がそれを教えています。
最後の法は「無為涅槃」で、「欲望が無くなって、死んだも同然」という意味で、楽になった状態です。お香がそれを語っています。
初期の仏教は欲望を無くする方法を教えてくれていました。
龍樹菩薩は「無我」の代わりに「空」を教えてくださいました。空とは「無意味」とか「空っぽ」とかいう意味で「良いも悪いもない」世界を表しています。
天親菩薩は無我や空の代わりに「浄土」を教えてくださいました。浄土とはプラス思考やマイナス思考で汚染されていない浄い世界、この世の真実の姿のことです。
最後に阿弥陀如来の「如来」とは良いとか悪いとか好きとか嫌いとかなどの「形容詞」で飾られる以前の「そのまんま」の世界から来た人、そこへ私たちを連れていく人です。

お寺の未来~それぞれの取り組み【しゃらりん34号】

NPO法人「縁遊(えんじょい)」/第6組願教寺

「日本古来の伝統文化から街づくりを」を理念として、お寺発信の地域密着型の多種多様な催事を毎月1回以上、お寺にて開催しております。地域コミュニティーの場としてお寺を活用し、人々の触れあいが減少しつつある状況の一助になればと、2014年にNPO法人「縁遊―えんじょい―」を設立し運営しています。主催がNPOなので、企業や行政へのアプローチがしやすく、もしも催事中に支障が生じてもお寺に迷惑を掛けなくて済みます。宗教法人として協力を申し込むと敬遠される所でも、NPOなら話が進みやすいのが実情です。また、活動の自由度が高く、お寺とのクッション材料になっています。

さらに他のお寺に活動が広がりやすいとも考えています。試みに当NPO法人を使われて、一歩踏み出すきっかけにしてほしいです。1ヶ寺でも多く、地域と共に元気になることを願っています。

催事の種類としては、落語・餅つき・ヨガ・流し素麺・恋活婚活・寺Caféやさまざまな講座がたくさんあります。「寺koi」と称するお寺での恋活婚活では、ありがたいことに実際結婚された方もおられます。催事の中でも特に人気なものが「寺市」です。200人から300人の方が野菜や和菓子や雑貨を求めてお越しになられます。一番の目玉は新鮮国産野菜95円均一でして、地域のみなさま方への感謝の気持ちを込めて開催しております。

催事のお知らせは、月参りでのチラシの手渡しや地域の回覧板、掲示板、寺報、あらゆるSNS配信を活用しております。開催後は月参りの際に感想を聞き、すぐに改善できるのも利点のひとつです。NPOなので直接布教などはしませんが、仏教について質問されることや、自坊の法要に興味をもっていただき、徐々に人とお寺を繋ぐかけ橋となってきています。活動を始めてから、門徒さんとの距離がさらに縮まり、門徒さんでない方にも道で声をかけられるようになりました。

地域の人たちがみんな顔見知りになると、みんなが安心して暮らせる町になるはずです。それを日本古来の伝統文化を通じて具現化するために「地域に開かれたお寺づくり」の場が今後さらに増えていけばと。

(第6組願教寺・多藝啓隆さん)

初参式/第17組德因寺


德因寺では同朋会運動発足時から初参式を誕生会として開催してきました。10年ほど前からは、毎年報恩講の日程中に開催しています。真宗宗歌に始まり、三帰依(パーリ文)を歌います。そして親子で初めてのお焼香をします。住職や役員方より祝辞等を頂きながら、皆で誕生を祝っています。多いときには8人の赤ちゃんが参加してくれました。泣いたり笑ったり本堂が賑やかになります。

誕生会の中で一番の楽しみは、お母さんや役員方の笑顔に出遇うことです。我が子と出遇えた慶びや、可愛い赤ちゃんに触れた喜びが全身からあふれ出た笑顔です。その事を私の先生に話したときに、「笑顔になるのは当然です。赤ちゃんは仏なんですから」と言われました。

「仏教では赤ちゃんの事を仏子と言います。仏とは、無邪気で計算高くなく、他者を幸せにする利他を実現し、それでいて気負い(自負心)が無い方を言います。そういう働きからすると赤ちゃんは仏そのものです。濁りがなく真っ白な存在で、人を比べたりしません。そして関わる者に笑顔を与えます。それでいて私がみんなに笑顔を与えたという気負いがありません。仏そのものです。思えば私たち一人ひとりも、元々は仏子だったのです。しかし年を重ねるごとに、邪気だらけで心は濁り、お互いを比べて損か得かと走り回っています。そして利他など無く、自分の利益(自利)にしか関心がありません。挙げ句の果てには自分のお陰でこの場が成り立っているという自負心から、喧嘩や仲違いに終始している現実があります。そこにはかつて仏子だった面影など少しもありません。しかし元々仏子だったからなのか、仏に触れると笑顔を頂くんです。あなたが誕生会で一番の楽しみにしているお母さんや役員方の笑顔は、仏に出遇えたという感動の笑顔でしょう。毎年続けてる誕生会を、私たちを幸せにする仏が誕生した尊い仏事として続けていって下さい」と誕生会の意味を教えて頂きました。

本山から頂く誕生児念珠の入れ物には「遠慶宿縁」(今、遙か遠い昔から護られ続いてきたご縁が整い、あなたと出遇えたことが嬉しくて仕方がありません)と書かれています。それは毎日の忙しさの中で、仏(笑顔)を求めていることすら忘れている私に、生きる力を与える仏事を大切にしていきたいという願いが生まれた感動の言葉のように思います。 たくさんのお寺で仏子に会うご縁が整えば素晴らしいなと思います。

(第17組徳因寺・稲垣直来さん)

仏教青年会連盟・大谷青年会合同研修会

去る   1月25日(金)に難波別院地下講義室に於いて、仏青連盟と大谷青年会合同で学習会を開催致しました。
真宗大谷派宗務所内事部の山口昭彦先生に講師としてご出向いただき、

「大谷派法衣装束の伝統および他宗派装束との相違点などについて」という講題でご講義をいただきました。

学習会には谷青仏青から合わせて15名ほどが聴講いたしました。
私たちが普段目にすることができない、中啓、雪洞(ぼんぼり)、夏扇など様々なお装束を持ってきていただいて、実際の物を見ながらお話を聞くことができました。
中でも印象的だったのは親鸞聖人・蓮如上人の時代の墨袈裟の色が鈍色(灰色)であり、戦国時代末期までは現在の黒で無かったということでした。時は流れ明治維新後、西洋文化の影響で日本人の色の感覚が変化し、喪の色も鈍→黒に変わったというお話しでありました。
そして、仏典から見る袈裟のルーツ、小物類のルーツ、大谷派と本願寺派の装束の名称の違いや、本願寺派が装束を簡略化していった歴史、袈裟の縫い方のお話しなど、普段聞けないようことを約2時間に渡ってご講義いただきました。
持ってきていただいた貴重な装束を写真に収めたり、質疑応答では時間を越えて次々と質問が出たりと、参加者の皆さんにとって有意義な時間になったことと思います。
講義の後には先生を囲み、谷青仏青の懇親会が行われまれました。
今後も機会があればこういった学習会を開催したいと思います。

出向く教化・寺院儀式相談室【しゃらりん34号】

大阪教区教化委員会儀式法要部では、寺院・教会における儀式法要全般のサポートを「寺院儀式相談室」という事業で開催しております。これはみなさまのご要望に応じてさまざまな講座を開催していただき、そこへ講師を派遣するというものです。以前は装束作法や葬儀に関するご依頼が多かったのですが、最近は仏花講習会の講師を派遣してほしいという要望が多くなってまいりました。
「寺院儀式相談室」では、准堂衆会、温雅会、同朋唱和講習会講師の中より講師を選定し、各組や各寺院に出講していただいておりますが、仏花のこととなりますと御本山の仏花を基調としつつも、それぞれの講師によってさまざまな工夫があるようです。
例えば、市販されているさまざまな立花道具の利点や使いにくさの紹介、ホームセンターで購入した代用品を使用する方法、花材の扱いや選定、購入方法などです。

先日は19組正受寺様で仏花講習会が開催されました。組の行事として開催されましたので、住職、坊守さんをはじめ、さまざまな立場の方に多数ご参加をいただきました。当日は講師・吉川知德師(第4組阿彌陀寺住職)が、東本願寺出版の「グラフ真宗本廟(東本願寺)の仏花」を教材として使用しながらも、花瓶に立てた心棒に対して、ガムテープでプラスチックコップを留めて受筒の代用にするというユニークな方法、また安全なハサミの使い方などもあわせて説明しながら講習をされました。

講習の順序としては、事前に完成していたお花の横に、もう一杯同じお花を立てるという方法をとられて、非常に見やすくわかりやすい講習となりました。
その後、3つの班に分かれて実際に立花していただきました。講師はお花に角度を持たせて前後のボリュームを出すとか、空間を大事にすることでシルエットを綺麗にするなど、一つひとつの班を回りながら熱心にご指導されていました。ご参加いただいた方からは、「少し心がけるだけでも、こんなに良くなるのですね」、「もっと堅苦しいものだと思い込んでいたけど、目の前で工夫の裏側を見せてもらったら、自分もアイディアが浮かんできて楽しいです!」と非常に喜んでおられました。

この度は、吉川知德講師の場面を紹介させていただきましたが、他の講師もそれぞれに違った工夫や楽しさがあったことを、開催された方々からお聞きしております。
今後とも、みなさまからいろいろな講座開催のご依頼をいただきますとともに、また新たな講座へのご要望も楽しみにお待ちしております。

(第21組西向寺・新川隆教さん)

出向く教化・顕明師の事績に学んでみませんか【しゃらりん34号】

前年度より教区教化事業として新しく「出向く教化」が始まり、「高木顕明師の事績に学ぶ実行委員会」も第11組・第21組・第9組に出向き人権学習会を開催させていただきました。初めての試みで不手際も多く、ご迷惑をおかけした事も多々あったと思いますが、私たち自身にとっても高木顕明師(以下、顕明師)の事績に学ぶ良い機縁となりました。

顕明師は1910(明治43)年のいわゆる、幸徳秋水を首謀者とする「大逆事件」に連座した真宗大谷派の僧侶でした。実際には「大逆事件」とは無関係で、非戦をとなえ、差別問題に向き合い、社会的な弱者と共に生きようとされた人です。しかし、こうした活動によって顕明師は当時の国家体制に迎合した和歌山県新宮市の仏教会から排除されていきました。代って関わりを深めていったのが、医師で社会主義者との交友関係もあった大石誠之助、キリスト教の牧師・沖野岩三郎たちでした。そして、大石誠之助と幸徳秋水の繋がりから、新宮市だけで大石を含めて6名もの人が「大逆事件」に連座します。この中の一人が顕明師でした。なぜ新宮市から6名もの人が「大逆事件」に連座したのでしょうか? 結局、本人たちもよく分からないまま裁判が進み、6名に死刑、翌日恩赦により4名に対しては無期懲役に減刑されました。顕明師も減刑され無期懲役となりました。

どうして彼らにこの様な判決が出されたのでしょうか? 逮捕者を出したということで、真宗大谷派(以下、宗門)は顕明師の住職としての活動を調査するために新宮市へ一人の僧侶を派遣しています。この調査の報告書の下書きが派遣された僧侶の寺に残っています。ここから浮かび上がる顕明師は真宗の教えを依り処として真摯に門徒と向き合い、社会と向き合い、自身に向き合う僧侶でした。それにもかかわらず、当時の宗門は判決が出たその日に顕明師の僧籍を剥奪し宗門から追放しました……。

さて、「これ以上の詳細は出向く教化で‼」ということになります。組の人権学習会では「大逆事件」の内容からその背景、そして顕明師の事績などを学習します。他に要望があればできる範囲で応えていきたいと思っています。一人でも多くの人と共に学ぶことを願って活動していますので、どうぞよろしくお願いします。

最後に、人権学習会がなぜ必要なのかについて一言。私たちの宗門は「御同朋」と言いながら、どれほど多くの人を切り捨て排除してきたのでしょうか。例えば、顕明師以外にも部落差別・ハンセン病などの問題に目を背けてきた歴史を持っています。後世を生きる私たちがこのような歴史や先人を批判することは簡単です。しかし私たちが人権学習会で学びたいことは歴史批判・先人批判ではなく、目を背けてきた歴史の中に、また先人が残してくださった課題の中に、私たち自身のあり方を見つめ直すことであると思っています。「共に」と言いながらも人を切り捨て排除してしまう私たち自身のあり様を、私たち「高木顕明師の事績に学ぶ実行委員会」と共に今一度見つめ直してみませんか?

(第15組泉勝寺・小松 肇さん)

「是旃陀羅」問題学習会【しゃらりん34号】

2018年12月18日(火)教区教化委員会「社会・人権部」主催の人権学習会が開かれた。内容は2017年にも教区として取り組んだ課題でもある「聖教に現れる差別表現について―「是旃陀羅」問題を中心にして―」を講題とし、この度は、広島県部落解放研究所宗教部会事務局長の小武正教先生(本願寺派 西善寺住職)をご講師にお迎えした。

はじめに小武先生は、部落解放研究所が発行している『経典の「旃陀羅」差別を問う』という冊子の「仏教は”対話”の宗教である」という言葉から、「釈尊の言葉は、一方的に発せられた言葉ではなく、目の前に生きる人々との豊かな対話の中から生み出された言葉だ」と紹介された。そして「旃陀羅」問題を問うきっかけは、2012年に三原市で真宗寺院が過去帳を第三者に閲覧させ、それをNHKが放送したことと説明され、その問題を通して差別法名という視点から、自坊である西善寺の過去帳について語られた。

明治5年に被差別部落寺院が廃寺となり、その地域の真宗寺院がそれぞれに門徒を受け入れることとなった。西善寺も12~14軒を受け入れて現在に至っている。そのような中で1997年に西本願寺の法名調査の折、「新民」の文字がある西善寺の過去帳に対して、被差別部落の門徒さんは、住職に「書き換えてもいいですよ」と言われた。そこに大きな課題があった。それは過去帳とは一体誰のものなのか、そこに書かれた法名は一体誰のものなのかということである。今現在の体裁を整える為に「書き換えてもいい」という被差別部落のある門徒さんの了承の言葉だろうが、差別問題は昔どうだったかを問題にしているのではなく、今現在の私の問題として向き合って行かないと、今ここに有るのに、それが見えなくなってしまう。是旃陀羅の問題もまさにその通りであり、「王舎城の悲劇」は教えを伝えるための昔話の架空の物語ではなく、マガタ国において実際にあった出来事であり、それは私たち人間の生身の姿を表している。そういう意味で親鸞聖人はこの観経の課題をとても大切に扱われた。

戦前・戦後にわたって大谷派の融和運動を指導した武内了温師が「旃陀羅こそが救いの正客」だと言われているのは、親鸞聖人の教学がまさに「悪人正機」ということであり、それは「悪人も救われる」ではなく「悪人こそ救われる」ということが親鸞思想そのものであるからだ。

そして小武先生は、大きな「問い」を出された。観経の旃陀羅という文言を今後どうして行くのか。①このままでは「差別文章」となるので「削除」して、別の言葉に変更する。②不読。読まないようにして、親鸞聖人がどう向き合ったかを明らかにして行く。③たとえ差別文章であっても「経典」の言葉をかえることはできない。これら3つの選択肢が提示されて、班別座談会で話し合った。座談会後にそれぞれの班の発表があった。削除するという選択については、反対意見が多く、不読にして、問題と関わり続けるというのが大半の意見だった。

先生は最後にこうしめくくられた。今私たちが考えなければならないことは、悪人の救済という視点を持つ親鸞聖人の教学を持った私たちの教団が本当にそうなっているか。「現実の差別を肯定」し「救済は観念化」に転落していないか。今一度親鸞聖人の教学を点検しなければならないと。

(第17組法觀寺・廣瀬 俊さん)