第12組・澤田見

青少年活動に学ぶ実行委員会との座談会

12組青年会では、先日2月3日(火)、教区教化委員会・研修講座部の「青少年に学ぶ実行委員会」から5名の委員さんがお越しになって、会合を開きました。実行委員会さんでは、青年会を順番に回り、話し合いと「パネルシアタ-」のお披露目をなさっておられます。

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はじめにそれぞれの自己紹介のあと、我々12組青年会の普段の活動内容を説明しました。

その後、実行委員会で制作されたパネルシアターを拝見しました。パネルシアターは宗祖と弁円のあの有名な出会いのエピソードを題材にしたもので、とてもわかりやすくできていると思いました。このようなアイデアを示して、お寺のこども会などで活用できるように、プレゼンしてくださることは、われわれ青年会のメンバーにも刺激になったことと思います。

続けてこのパネルシアターを受けて座談を行いました。また委員の皆さんからは、他の組の青年会がどんな活動をしているか、どんな悩みをかかえているか、などのお話をうかがうこともでき、貴重な情報交換の場となったことです。もっともっと同じような活動を続けていただき、それをフィードバックして全青年会で問題意識や活動内容などを共有できるような仕組みを作ってくださったら、活性化につながっていくことと思います。

委員の皆さま、遠いところをありがとうございました。

仏華研究会「ちいちの華」のご紹介

ちいちの華フェイスブックページ https://www.facebook.com/Chiichinohana

会の趣旨説明

chiichiむかしからの言い習わしに「禅の掃除、浄土の盛物、真宗はお花」とあるように、私たち真宗の仏華は、お荘厳のなかでもひときわ大きな位置をしめています。

仏華は、「その華、光明、無量種の色なり、青き色には青き光、白き色には白き光あり。」『仏説無量寿経』と説かれるごとく、浄土の荘厳を顕わし、かつ仏心の「清浄」を具現しているといえます。

私たちの仏華研究会「ちいちの華」では、立花の基本である池坊流の華法をふまえつつ、微妙の法を説きたもう如来の”はたらき”として「深山流渓」の立て方を旨として研究を重ねております。

「深山流渓」とは、如来の深い心が渓流から大河となって、私たちの上に流れ届くという意味で、いわゆる盛り花、投げ挿しといった普通の生花とは異なり、真に松・桧・竹・桜等を用い、役枝には四季折々の木花をもって、直立型を避け”深さと流れ”のある立調に心掛けております。 また、古来の示教に則り、トゲのあるもの、つるのあるもの、異臭の漂う花材はご遠慮をして「仏華にふさわしい仏華」の研究をいたしております。

ご依頼等のご相談

  • まずはメールにてお問い合わせください
  • 御遠忌法要、落慶法要等の出張立華(報恩講は基本的にお受け致しておりません)
  • 仏花講習会(組内坊守会、寺族研修会、青年会、門徒会、お内仏講習会等)
  • 出張立華の対象 真宗大谷派の寺院(仏花講習会等はこの限りにあらず)
  • 出張の範囲 基本として大阪府内(事務局に相談の事)
  • 御礼・花材代金・材料費は事務局に相談の事
  • 花材はその季節により指定できません、様式(軒真・直真)はご相談ください

教区・難波別院御遠忌での仏華展

教区・難波別院御遠忌での仏華展

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2014年より難波別院報恩講のお華も担当しています

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『同朋』で紹介されました

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組の坊守会での仏華講習の様子です

 

お問い合わせ

事務局
真宗大谷派大阪教区第13組即念寺・洲崎 善範(sokunenger@mkc.zaq.ne.jp)

今月のことば/千賀雅夫

煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は よろずのこと
みなもって そらごとたわごと まことあることなきに 
ただ念仏のみぞ まことにておわします

『歎異抄』(聖典640頁)

今月のことば 「煩悩具足の凡夫」とは限りなき欲望をそなえた平凡人という意味です。

 その意味は、煩悩をもつわたしたちは、ものごとを正しく見抜く眼をもたず、自己愛がはげしく、つねに自己中心にものを見、他に対して慢心をいだくという自己関心につらぬかれ、加えて欲望と怒りの心が身に満ちている存在だ、ということです。
      
 こんな自分を単純に肯定していては、この世は燃えさかる煩悩の火に身をこがす「火宅無常の世界」のほかありません。

 日常わたしたちは、善悪のしがらみの中に生きています。この人は良い、あの人は悪い、これは正しい、あれは間違っている、といつも判定をし選びをしています。この善悪の判断は必要なようでもありますが、所詮は煩悩にもとづく判定で、まことに主観的で皮相なものなのです。

 親鸞聖人の言葉に「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」という言葉があります。善悪は自
分にはわからない、といわれるのです。これは、この世に善悪正邪はないといわれているのでありません。

 仏のような智慧の眼をもたない自分には、何が善であり何が悪であるか、知り通すことができない、わからない、という懺悔の告白なのです。

 聖人のこの懺悔の心からみれば、わたしたちは浅薄な知恵で善悪をあげつらい、それに固執していることが知らされます。「みなもって、そらごとたわごと、まことあることなき」と、愚かな生き方に頭が下がらないといけないのです。

 お念仏は如来の慈悲と智慧を体現したものです。

 お念仏の智慧の光によって、自分中心の善悪観の中途半端が照らされると、わたしたちの人生の事実は、善悪を超えていかされていることが知らされます。これを業縁存在といいます。

 お念仏は善悪観の皮相を照らし、業縁存在に気づかせる「まこと」なのです。

(千賀雅夫/所出・教化センターリーフレットNo289 2011/6発行)

十二組門徒会研修講座

本日13時30分より、守口文化センター3F研修室にて、第十二組門徒会研修講座が開かれました。今年度3回の講座のうちの初回です。約50名の参加がありました。

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ご講師は大谷大学名誉教授・沙加戸弘先生です。「宗祖親鸞聖人の御生涯」とのテーマでお話をいただきました。今回は、お釈迦さまが仏法を、わたしたち人の言葉ではじめて伝えてくださり、その仏法が言葉も風土もまったく違う中国そして日本へと伝わったということを、宗祖の生涯を語る前段階としてお話くださいました。「仏法をいただく」ということは「生き方が定まる」ということであるとのお言葉が印象に残っています。熱の入った、そして楽しいお話でございました。あと2回が楽しみです。

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次回は2月に行われる予定です。

組門徒会報恩講厳修

本日、円立寺にて第12組門徒会報恩講が厳修されました。

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12組では、組門徒会報恩講では、門徒会のみなさんが、調声(すべてのおつとめの発声役)、キン役、巡讃(和讃六首引の句頭をひとりづつ順番に発声する)をつとめます(次第は正信偈草四句目下・念仏讃三淘、和讃「弥陀成仏のこのかたは」次第六首)。それぞれみなさん、大きな声で、すばらしいおつとめをしていただきました。

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その後、安城正人先生によるご法話を聴聞いたしました。

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最後にみなさんでお斎をいただいて解散となりました。組門徒会役員のみなさま、会処の円立寺のみなさま、ありがとうございました!

策定委員会による意見聴取

昨日16時より、第12組組会ならびに教化委員会が清澤寺にて開かれました。

教区教化体制策定委員会の山口委員長がいらっしゃって、現在すすめておられる教化体制の見直しの現状報告と、意見聴取がおこなわれました。組内のみなさんより、さまざまな意見がでたことです。

その後、各部会からの報告や門徒会の会費の問題を検討いたしました。