第12組・澤田見

折々の華②【しゃらりん33号】

夏とお盆の立華

梅雨から夏にかけての季節は、花材がすぐに枯れてしまう、仏華にとっては過酷な季節といえます。しかし造花などに頼ることなく、夏らしいお華を立てたいものです。
盂蘭盆会の立華に特に決まりはありませんが、マキの真が使われることが多いようです。その他、蓮の花や葉、蓮台などを用いるとお盆らしくなりますが、蓮は水揚げが難しく、ほぼ数日で萎れてしまいますので、扱いの難しい花材です。その他、この季節によく見られるのは、ホオヅキやパンパス(西洋ススキ)などで、やはり季節感を大切に立てていただければいいかと思います。

よくどうすればお花の保ちをよくできるのかという質問をいただきます。ちいちの華でもいろいろ試しました。花の延命剤、錆びたクギ、十円玉、洗剤を一滴垂らす……などなど。
結論から言うと、夏の盛りではほとんど効果がありません。わずかに長持ちするだけでした。
結局、必要なのは花瓶の水を腐らせないことです。毎日、中の水を全部入れ替える(たいへんですが)のが、もっともいい方法ではないかと、経験上思っています。
その他、なるべくよく保つ花材を使うことが大切です。緑のものならハランやソテツ、ドラセナ、アレカヤシ、アセビ、ツツジなどが暑さに強いし、色花ならベニバナやルリタマアザミ、スターチス、ピンクッション、クルクマなどが比較的長持ちするようです。

写真は「ハラン一式」で立てたものです。色花を用いていませんので本来の仏華とは言えないかもしれませんが、夏場でもかなり長持ちしますし、見た目も涼しげでよいものです。この形を作って、あいだに色花を挿し、それだけを入れ替えていくということもできます。
3種のハランをあわせて50枚ほど用いています。また見えないところにたくさんのコップ(受け筒)が隠されています。これがないとこのように高くできません。格好よくきれいな形に立てるためには、経験とセンスの必要な難しい仏華です。

ちいちの華 立華 松井 聰/文章 澤田 見

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マンガ「真宗仏事研究所②」【しゃらりん33号】

「真宗仏事研修所」(作・廣瀬 俊、画・上本賀代子)です。寺報などに転載していただいてもかまいません。

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獅子吼・天満別院法話の会の動画

先日5日に天満別院で行われた獅子吼主催法話の会「蓮如上人、仰せられ候~御一代記聞書に学ぶ」の動画です。四人の会員がお話させていただいております。別院本堂が満堂になるほどの盛況でした。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。

次回は21日(木)16:00から、茨木別院で開催いたします。こちらもお誘い合わせの上、ぜひご聴聞ください。

ちょっと聞いてこ「凡夫について」【しゃらりん33号】

凡夫について

新田修巳さん

一昨年から闘病生活を始め小康状態を保ってきた門徒の〇〇さんの容態が、梅雨の時節になった頃から徐々に悪くなりはじめてきました。それから年末も近づき、「もう、あまり長くは生きられないかもしれない」という〇〇さんの言葉が、私のこころに痛くつき刺さってきました。

年が明けて、いつものように月忌参りに寄せていただきました。これまではいつも奥様と二人で、お内仏の前に正座しておられたのですが、この日〇〇さんはベッドに座っていました。「こんなに足がむくんでいるので、正座できないのです。院主さんにお会いできるのも、きっと今日が最後だと思います。何時もお寺で、念仏は阿弥陀の喚び声であり、信心の定まるときに往生もまた定まるのだと聞かせていただいておりました。本当にありがとうございました。それで数日前から最後は笑顔でお別れの御挨拶をさせていただこうとかたく決心しておりましたが、とうとうその日が来てしまいまた。しかし、家族やご縁の深い人々ともう二度と会うことが出来ないのだと思うと居たたまれないほど辛くて……」という言葉と共に深々と頭を下げ嗚咽され、頬に大粒の涙が伝い流れました。私はその時「握手をしましよう」と言って最後のお別れの握手をしました。

それから数日後〇〇さんは亡くなりました。今こうして法事の場に座っておりますと、在りし日の思い出の数々が私の脳裏に浮かんできます。その中でも特に忘れられないのは、〇〇さんとの最後の別れのひと時です。それと同時に、数年前に、寺の同朋会で『歎異抄』をみんなで音読した時のことをとても懐かしく思い出します。「……よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさえて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり……」(第九章)との一節を、みんなと一緒に大きな声を出して一生懸命に読んでいた〇〇さんの声が、今も鮮明に、私の耳底に残っています。

そして私たちの全身を根底からゆさぶる「煩悩具足の凡夫」というこの言葉に触発され、今日は特に、生老病死の宿業の身にかけられた阿弥陀の悲願を、今更のごとくひとしお深くこの身にしみじみと体感させられます。

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お寺の未来~それぞれの取り組み【しゃらりん33号】

名号会~三宅3ヶ寺

共同教化のカタチ
 ―3ヶ寺寄れば 阿弥陀の智慧―

名号会

お彼岸も済んだ頃、ぽかぽかとした暖かさを感じるはずの季節だが、そんな時期を裏切るように汗ばむほど暑い日となった3月28日。第20組 玉應寺を会処に三宅3ヶ寺の「名号会」が厳修された。その発祥年も分からないほど古くから、松原市三宅地区の3ヶ寺、玉應寺・善長寺・願久寺では、お名号を毎年順番にお迎えし春の法要が営まれている。

午前中その年の当番寺の世話人が、前年のお寺にお名号をお迎えに行く。編集委員 上本がカメラ片手に撮影に行ったが、
「世話人の方は正装に略肩衣。住職さんは黒衣・墨袈裟で、共々に正信偈をお勤めするという、殊のほか厳粛な雰囲気の中、お名号が引き継がれる姿に感動を覚えた」とか。昔はこの名号会の日に、露天商の出店も出たという村祭りさながらの様相だったようだ。現在では当日に出店は出ないものの、その年の当番寺が主催寺となって、後日3ヶ寺合同のお花見が開催されているらしい。

三宅同朋の会

また、三宅3ヶ寺ではこの名号会に留まらず、「三宅同朋の会」として3ヶ寺で同朋の会を結成し、聞法会を持ち回りで開催されている。当然そこには3ヶ寺のご門徒が共々に集い、聞法会ばかりでなくバスツアーなども行われているらしい。まさに地域を基盤とした同朋の会というわけだ。

共同教化のカタチ

「未来のお寺」というコーナーに紹介するには、古風な伝統行事に思えるが、「温古知新」古きをたずねて新しきを知るという言葉がある。これまでお寺の教化活動をするということは1ヶ寺が頑張らねば、住職ひとりでなんとか活性化するようにと奮起する姿が思い描かれていたが、他寺と共同で教化活動をするという発想がここ三宅には古くからあった。この共同教化のカタチは未来のお寺像を探るヒントにならないだろうか。それは村社会だからできるのだという声もあるだろうが、都市のお寺と過疎地のお寺が繋がることや、地域を越えて、組を越えて繋がって行くダイナミックな共同教化を考えていきたいものだ。

(第17組法觀寺・廣瀬 俊さん)

花まつり~第27組淨宗寺

淨宗寺は奈良県御所市にあり、過疎の町でもあるこの土地で今年で三回目の花まつりを催すことができました。毎年手探りで、去年からは勤行の後、住職お手製の紙芝居をして、甘茶を掛け、お餅つきをするようにしました。今年は去年より大幅に増え子どもが38人、保護者やお手伝いのご門徒さんも入れて60人程になりました。数年後には市内の小中学校を一貫校にして一校にする計画があるほど過疎の深刻な町にしては本当に多くの参加となり、お手伝いしてくださった方々や、ご好意で子供たちに沢山のお菓子をお供えしてくださった方々に本当に感謝しております。

多くの参加者の背景には、住職の息子が小学三年生で地域のお友達が多く参加してくれたことがあります。私たちもそれを想定して花まつりを始めたところもあります。『子供の頃に「お寺が楽しかった」というイメージを。また楽しいだけではなく手を合わせることの尊さを感じて欲しい。今すぐに何かの結果を求める訳ではなく、何十年先への法灯への種になれば……』そんな思いで始めた花まつりですが、数年後に子供達も成長し、参加が減っていくかもしれません。その時には、子育てや仕事を終えてゆっくり過ごせるようになった大人たちによる花まつりをしたいと思っています。

しかし、前向きな気持ちばかりではありません。この中のどれだけの子供達がこの町に帰ってきてくれるのだろうかと思うと不安に思う気持ちもあります。

(第27組淨宗念寺・畠中晃子さん)

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絵本『いらいららっぱ』【しゃらりん33号】


『いらいららっぱ』頒価500円

当書籍はしりとりをしながら、楽しい言葉遊びができる絵本です。

初めて本に接する幼児から幼稚園くらいのお子さんまで親しんでいただける内容となっており、「初参式」でお寺に来た赤ちゃんへの記念品や、誕生のお祝いの贈り物にも最適です。

どうぞお求めくださいますようお願いいたします。。お問い合わせは大阪教務所まで。

  

新教区教化体制 初年度を振り返って【しゃらりん33号】

総合調整局

宮部 渡 局長

新教区教化体制では、企画部会から、総合調整局へと組織が変わり、充て職中心の構成から、現場にたつ各専門部会の幹事が中心に委員会全体を見渡し、事業内容の点検・調整を行っています。

従来の体制と大きく変わったことの一つに、お寺や組に「出向く教化」を旗印として専門部会に「組教化推進部」、「広報・出版部」がコーディネート部門として誕生したことであります。(内容は下部の報告を参照ください)

この効果の一つとして、従来の企画部会・幹事会では、専門部会ごとの事業内容の報告会を中心に進められてきた会議が、総合調整局では、各局員が教化事業全体にテーマ性を持ち共通課題を持って話し合われる機会が増えたことがあげられます。

まだまだ、スタートをきったばかりで、事例は少ないですが、組からの情報が思わぬ新展開のヒントになったりする一方、教区の持つノウハウが、組で講師派遣等で成果を生んだり、発信力をアップさせたり、これがまた専門部会間の横のつながりを生んだり。それらの刺激が今までにない立体的な話し合いが行われる結果を生みました。

それゆえ同時に、今まで表に出にくかった各組の教化委員会の持ち方の違いや、青少幼年活動の有無、門徒さんまで情報が届きにくいなど、問題点も浮き彫りになりつつあり、課題が多いのも事実です。
あせらず、一歩一歩、歩みを進めてまいりたいと思っております。

組教化推進部

山口 知丈 幹事

新教区教化体制のモットーである「現場が主役、つながる教区教化」を実現すべく私たち「組教化推進部」がスタートして、はや一年が経過しつつある。幸いにも、これまで教区や組の中で、様々な場面を通して活躍をしてきた人に、この新設の専門部会の委員に就いていただいた。とはいえ、何しろ初めての試みであり、正直なところ、どのように動き出せばよいのか、暗中模索であった。

まずは、各委員を所属する組の含まれるブロック担当とした。他のブロックを担当しダイナミックな情報交流をとも考えたが、少しでも「組」という現場に、迅速かつ親身に「出向ける」ことを優先し、委員が所属するブロックに割り振った。

次に、組教化委員長懇談会を開催させていただいた。自身が「出向く」より先に、各組長さんにお集まりいただいてしまったわけである。大変心苦しかったが、「主役」となる「現場」の、その立役者となる方々に、一日でも早く挨拶をし、均一なスタートを切らせていただきたかったからだ。以来今日まで、ありがたいことに多くの組に受け入れていただき、ほぼ全部の組に出向かせていただけそうである。「つながる」足がかりは、頂戴した。さあ、これからだ!

広報・出版部

澤田 見 幹事

広報・出版部は今年度から新たにできた専門部会です。この機関誌や教区テーマを広報する広報コーディネート実行委員会、ウェブサイト「銀杏通信」を維持管理するホームページ実行委員会、そして視聴覚伝道実行委員会と出版会議が一緒になっています。多岐にわたる部会ですが、3年間を通して、各実行委員会でできることを模索してきたいと思っています。

まず今年度は、新しい教区テーマを広報するために栞やはなびらを制作し、また新しい試みとして法話を録音したカセットテープのデジタル化などにも取り組みました。

次年度以降は法座などの記念品にしていただけるグッズや、新たな視聴覚教材、そして出版物などを他の専門部会と協力しながら作っていきたいと思っています。

こんな本を作って欲しいなどご要望がありましたら、ぜひお寄せください。

儀式・法要部

新川 隆教 幹事

儀式・法要部には、儀式声明作法講習会、教区声明講習会、得度準備講習会、得度受式後研修会といった別院等を会場とし皆様にご参加いただく講習会と、同朋唱和講習会、子ども同朋唱和講習会のように、ご依頼を受けて出向く講習会があります。

また、寺院儀式相談室は、皆様のご希望に沿う形で即実行する講習会を目指しております。本年度は特に、たくさんのご質問やご依頼をいただき、報恩講諸作法、仏華、装束作法、寺院葬儀についてなど、多岐にわたる講習会を開催させていただきました。これらは、コーディネート部門として広報・出版部からの発信と、組教化推進部の各組からの聞き取りが機能し、教区の方々と繋がっていることを感じます。

しかしながら、新体制の教化委員会が今年度の総括をし、今後の計画を立てていくことについては未だ始まっていないことであり、中・長期的展望を見据えて協議していけるか、ということについては身の引き締まる思いがしております。

研修・講座部

建部 智宏 幹事

今年度より旧行事部の事業が加わりましたが、それぞれの事業自体は引き続いて行われているものでしたので、大きな戸惑いもなくスタートできたように思います。

また、関わってくださる各実行委員の皆さまの中には、新しく参加してくださる方もたくさんおられましたが、今年度より任期が3年となりましたので、焦ることなく交流することができました。

ある委員の方から「既存の事業を単年度でどうこなすのかということに終始しなくていいのはうれしい。私たち委員が事業の願いを理解し、それぞれ意見を出しあい、3年という期間で一つの形にしていくことが出来ればと思う。またそのことによってここにいる私たちが「同朋」であるということを見出していければ」とおっしゃられたのが印象的でした。

来年度に向け、各講座の充実はもちろんのこと、事業に関わってくださる方たちとのさらなる交流を深め、ともに「同朋」の場を考えていければと思います。

社会・人権部

稲垣 洋信 幹事

 真宗大谷派では、親鸞聖人の精神をもとに様々な社会問題と差別問題について聞き・学び・語りあう活動をしている。大阪教区においても社会問題・差別問題に関する実行委員会を中心にこれまで各々活動をしてきた。
 そして、今年度より各実行委員会における問題の共通点を話しあい、共学していくために、各実行委員会から一人ずつが部員となり「社会・人権部」として活動することとなった。
 今年度は、今まで通りの活動を続けながら「社会・人権部」としてどのような話しあいがもたれるべきかを考える一年になったと思う。
 今までは各実行委員会を中心に学びを深め企画から実行までを担ってきた。そのために、年間の事業がおおよそ決まっているがゆえに、共通点がありながらもそれぞれが独立し事業を行ってきた。「実行委員会」という場合にはそれで何ら問題はないと言えるが、総合的に取りまとめる「社会・人権部」としては例年どおりというわけにはいかないと思う。
 なぜならば、当専門部会の事業は実行委員会の活動から共通の課題を見出し、社会あるいは差別の問題について発信していくことであると思うからである。

青少幼年部

松井 敦 幹事

青少幼年部は新設のため、まだまだどのような活動をしていいのか模索しながら、1年を過ごしたという感じです。

その中でも9歳から13歳までの子どもたちを難波別院報恩講結願日中に出仕するという企画は、子どもたちにとっていい経験をさせることができたと考えます。

また、青少年教化の推進と題して大阪教区の青少年4団体との交流を深め、その活動を全寺院に知ってもらうために年に3回カラー印刷のチラシを発行いたしました。

幼年教化の推進ではこの6月には難波別院本堂において子ども初まいり(初参式)を開催いたします。生まれたての子どもとそのご家族がそろってお参りすることは意味深いことだと考えます。今後の展開といたしましてはこの初参式を各寺院でもできるように執行の手引きの作成を考えています。また初参式に来ていただいたご家族には子ども新聞の発行や、誕生日には誕生日カードをお送りすることなども検討しています。

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法話のテープ、CDにします!

お寺に眠っている法話のテープなどを、無料でCDにいたします!

視聴覚伝道実行委員会では、みなさまのお寺に眠る法話の録音テープを無料でCD化する事業を始めました。

カセットテープなどのアナログ媒体は年月と共に劣化し、また再生できる機器も少なくなっていきます。そこでこの機会にぜひデジタル化(CD)し、大切な財産として保存されてはいかがでしょうか。

対象:大阪教区内の寺院・教会
対象媒体:カセットテープ・オープンリールテープ・MD・DATなど
手数料:無料

大阪教務所へご持参ください。

注意事項

  • 法話の録音に限ります。
  • 話されている方のお名前がわかるもの(日時・場所もわかっていればお知らせください)
  • 媒体の状態によってはお受けできない場合もございます。
  • 万が一、デジタル化の作業の途中に劣化によって媒体が破損しても、責任は持ちません。
  • CD以外のデータ形式についてはご相談ください。
  • 年度内でお受けする本数には限りがあります。上限に達し次第、締め切らせていただきます。
  • 教区ホームページ「銀杏通信」にて公開させていただく場合があります。

大阪教区教化委員会 広報・出版部/視聴覚伝道実行委員会

獅子吼の会、本日18時より二夜目の法話ネットライブ

「第十四回・三夜連続法話の会」二夜目、本日18時~20時、難波別院(南御堂)同朋会館講堂にて行います! 「蓮如上人、仰せ候う」と題し、『蓮如上人御一代記聞書』より会員四名がお話させていただきます。どうぞご聴聞くださいますよう、ご案内いたします。

第104条「今日の日はあるまじきと思え」松井 恵 (門真市・心願寺)
第122条「一宗の繁昌」 松尾陽子 (茨木市・淨教寺)           
第157条「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」松尾智仁 (鶴見区・専立寺)
第171条「人は、あがりあがりて、おちばをしらぬなり」宮部 渡 (門真市・西稱寺)

また昨日に引き続き、インターネットでのライブ配信も行います。下記よりご覧になれます。

三夜連続法話の会、本日インターネットライブを行います!

いよいよ本日より三日間、第14回の三夜連続法話の会が難波別院にて18時より開催されます。今回は「蓮如上人、仰せられ候う」と題し、『蓮如上人御一代記聞書』よりお話させていただきます。

ライブ配信も行います。会場に起こしになれないかたも、ぜひこちらでご覧ください。

今年もちいちの華をよろしくお願いいたします

YouTubeページに昨年の茨木別院報恩講の仏華をドローンで撮影したショートフィルムを二本、公開しています。

また会員が立てた正月のお花を以下にアップいたしました。それぞれ新年らしいお華をお楽しみください。みなさま、本年も「ちいちの華」をどうぞよろしくお願いいたします。

「ちいちの華」会員一同

            

折々の華【しゃらりん32号記事】

正月の立華と竹の水揚げ

仏華は、私たちのお寺の内陣の荘厳の中でも、ひときわ参拝の門徒さんの目にとまりやすいものです。

ですので年がら年中同じお華を立てるのではなく、できるだけ法要の軽重などによって変え、また折々の季節の花を用いて四季の移ろいを表現していきたいものです。

これからの冬から春にかけての時期は、立華をするにはたいへんよい季節です。長く保ちますし、木花の種類も豊富に出回ります。ウメ、ロウバイ、ボケ、ツバキ、モモ、カンザクラ、モクレンなど、さまざまな真で立てることができます。

また正月の華は松竹梅をはじめ、センリョウやナンテン、ハボタン、ヤナギやクマザサなど正月特有の花材を用いて、新年らしく華やかに立てたいものです。

写真の仏華は御代前のもので、竹を真にしています。あまり竹藪などが近くになく、手に入りにくい方も多いと思いますが、入手できればとても立てやすく、そして目立つものです。水さえ揚がれば今の季節なら半月以上は保ちます。

水揚げの方法は上から揚げたい枝があるところまで水が入るように竹の節を金棒などで抜き(すべての節を抜かないでください)、上部から熱湯を入れます。それからすぐにその熱湯を捨て、今度はお水を入れます。あとは水が減ったぶんを上から補水してください。一日置いておけば成功しなかったものは葉が丸まってしまいますので、水揚げは立華する前日にするとよいでしょう。
(詳しい方法は「ちいちの華ウェブサイト―竹の水揚げ編」をご覧ください。

その他、副(ソエ・真の下から向かって左後方に伸びる役枝)には枝垂れ柳を用いています。内陣の床まで届くような長い柳は高価ですが、使うとお正月らしく、そして格好のいい花材です。

みなさまもぜひこのように季節感を大事にして、仏華を楽しんで立ててみてください。

(文・立華 ちいちの華 澤田 見)

【使用花材】
真=竹/役枝=センリョウ(赤)・枝垂れ柳・ヒバ/胴=ヒバ・キク(白・黄)・コギク(白)・ナデシコ・ハボタン

※「ちいちの華」のウェブサイトなどにも立華の手順が解説されています。ぜひこちらもご参照ください。
www.icho.gr.jp/n_dantai/chiichi

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マンガ「真宗仏事研究所①」【しゃらりん32号記事】

今号より新連載の「真宗仏事研修所」(作・廣瀬 俊、画・上本賀代子)です。寺報などに転載していただいてもかまいません。

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ちょっと聞いてこ「僧伽について」【しゃらりん32号記事】

お釈迦さまが悟りを開かれ、布教をはじめたころ、お釈迦さまを慕った修行者や在家信者がお説教を聞き、生活を共にするため、各地に小さな集団を作りました。その集まりを「サンガ」と呼びます。「サンガ」とはインドの古い言葉で「集団」「群れ」を意味します。後に出家修行者を中心とした仏教教団を指す言葉となりました。その集団の性質は時代によって変遷していきますが、仏の教えを学び聞く者の集まりというところは変わりません。やがて、仏教が中国に伝わり経典が漢訳されると、「サンガ」は「僧伽(そうぎゃ)」と音写されました。ちなみに、お坊さんのことを「僧」と呼びますが、この「僧伽」に由来するそうです。日本には飛鳥時代に仏教が伝わり、仏教を篤く敬われた聖徳太子(厩戸皇子)は、自身の作られた十七条憲法の中に「篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり」と記されています。また、真宗門徒が法話をいただくとき、「自ら僧に帰依したてまつる」と三帰依文を唱和します。ここに出てくる僧とは「僧伽」を意味します。釈迦牟尼仏、仏法そして僧伽(サンガ)が三宝として敬われ、大切にされてきたのです。

さて、サンガに集う人はどんな人なのでしょうか。仏教を学ぶ者の集まりと聞くと、何か大そうに感じますが、特別な人の集まりではありません。誰の心の奥底にもある、生まれた意義を明らかにしたいという願いに突き動かされ、真実の教えを求めようとする人たちの集まりです。そして、その教えを求めるのは一人ではありません。共に歩む仲間がおり、また、私たちに先だって歩まれた人がいるのです。それこそお釈迦さまの時代から現代までどれだけの人が歩まれてきたことか。数えきれない人によって仏法の尊さが証(あかし)されてきたのです。

私たちの生活は「今より楽をしたい」「他の人より得をしたい」というような、自己中心的な思いに縛られています。他人と比べ喜んでみたり落ち込んでみたり、その時の状況に振り回されてばかりです。だからこそ、今、ここにある私をそのままに喜べる道を、よき友と共に仏法に訪ねることが、私たちに願われているのではないでしょうか。

(教化センター主幹・三浦 央)

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お寺の未来~それぞれの取り組み【しゃらりん32号記事】

お寺葬~第3組恩樂寺

当恩楽寺では、3年前からお寺を会場に葬儀を執行する「お寺葬」の取り組みを始めた。「葬儀会館と比べ、遺族との距離がとても近くなり、法話も聞いてもらいやすく安価である」のが当寺のお寺葬である。始めたきっかけは、法話好きな私には葬儀会館での教化・法話がやりにくく物足りないのが理由だ。

お寺葬では、臨終時に「必ず一番最初にお寺へ連絡」してもらうことから、お寺へご遺体を搬送してから枕勤め、打合せ、湯灌、納棺、出棺、火葬まで全てのプロセスに関わり、おもに寄り添い傾聴し、時には機に応じて仏法を話すこともある。本堂での通夜法要後は座敷にお斎会場を設置し食事を共にしたり、布団を用意することもある。

本堂を会場に、既存の施設と野卓などを使用し、「寺族」も様々な手伝いをするため、遺族にとっては葬儀費用が比較的安価になるのがメリットであるが、葬儀社の協力も大切であり、利益が出るよう配慮して良好な関係を築くことも必要である。

また他にも、遺影の準備や食事、移動手段の手配など、喪主以外の親族に任せ何かの役割を与えることをも重要。喪主の負担軽減だけでなく、儀式に対する参加意識の向上も期待できる。すると儀式や法話への共感が高まり、仏教やお寺に関心を持ってもらえ、お寺葬の後、行事に参加する人が増えた。

これまで自坊の門徒と地域対象に何度かお寺葬説明会を開いたが、他にもフェイスブックで呼びかけた僧侶を対象に開催し、その様子は『中外日報』などにも報じられた。また第2組青年会、第20組仏教講座にて「寺族」向けの講習をする機会もいただいた。

実は最初は自坊だけの活動にして、他寺院にはナイショにしようと思っていた。しかし、閉塞しつつある寺院の運営状況は仏教界全体の問題である。自坊だけが盛り上がっていくことは不可能で、ご門徒や他寺院、宗門全体が元気にならないと共倒れになる。共に学ぶ仲間が最も大切だと信じて精進する日々である。当寺にはこれまで培ったお寺葬の経験と資料などを提供、説明する用意があるので、ご検討される方は気軽にご連絡ください。(連絡先メールアドレス:onrakuji7676@gmail.com)

当寺での取り組み方を全てマネしていただきたいわけではなく、条件的にできない場合もあり、寺院内の人間関係や地域のシキタリ、強い葬儀社など、様々に反発して歪みや混乱を生じさせてまで取り組むべき方策ではない。熱心に取り組んでもマイナスになる可能性は十分にある。特に地元の強い葬儀社とは慎重に歩み合わせるべきである。私はそれらの問題と真っ向勝負し、寺院内人間関係、古い地元葬儀社との関係を悪化させた。そこまでしてやるべきだったのかと言われると、もっと摩擦少なく要領よく取り組めただろうと反省はあるが、それ以上に門徒が篤くなってくれた点において、そうだと言いたい。

(第3組恩樂寺・乙部大信さん)

寺フェス~第2組稱念寺

11月3日文化の日、自坊稱念寺で「寺フェス」というイベントを開催した。普段はライブハウスで演奏している若い演者さんたちが出演する音楽イベントである。尼崎にあるライブハウスの全面的な協力により、お寺はお祭りのような賑わいに包まれた。

それまでの稱念寺は地域に開かれていない寺院であった。何とかして地域に開かれたお寺にしたいと住職を継いだこの1年間、色々なことを考えて来たのだが、自分一人の力では計画は遅々として進まなかった。同時に住職として、また人間として成長をするために沢山の人に出遇う事も必要だった。

ふと思い出して訪れたのが尼崎にあるそのライブハウスだった。仕事を終えた若い人たちが自分の技を披露し、ファンと交流を持つ。そこには苦しいこと悲しいことを歌にして歌う人がいて、その歌で救われる人たちがいた。彼らは互いに寄り添い、認め合っていた。そのような文化はお寺にもあったはず。楽しくお寺を訪れて、寄り添い、認め合い、日常に帰っていける場が。このような2つの文化が混ざり合った時、どうなるかとても知りたくなった。

お寺でライブをする協力を求めたとき、嫌な顔をする人は居なかった。お寺という文化に対する興味は若い人たちにも強くあったのだった。そういう人たちに勇気を貰う形で、今回のイベントは最高の形で開催することが出来た。素晴らしい音楽が本堂に流れ、多くの笑顔で満たされた。そして何よりも、仏様の話を聞いてくれた暖かくて真剣な表情を僕は生涯忘れることはないだろう。

(第2組稱念寺・岸野龍之さん)

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