第12組・澤田見

三夜連続法話の会、開催中!

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本日、六時より、難波別院講堂にて、昨日に引き続き獅子吼の会主催「三夜連続法話の会」が開かれます。みなさま、ぜひご来聴くださいませ。詳しくは、https://www.icho.gr.jp/events/9740をご覧ください。

三夜連続法話の会、第一夜、終了しました! 本日は、三好泰紹・平野圭晋・山雄竜麿がお話いたしました。たくさんのご来場、ありがとうございます。明日も6時より、難波別院です!

Posted by 獅子吼の会 on 2016年2月24日

今月のことば/教化センターリーフレット2012/7

信心をえたるひとをば 分陀利華(ふんだりけ)とのたまえり

『唯信鈔文意』(聖典556頁)

今月のことば 『仏説観無量寿経』には、「もし念仏する者は、当に知るべし、この人はこれ人中の分陀利華なり」と、説かれています。

 この「分陀利華」とは、梵語のプンダリカの音写で、「白蓮華」のことです。大乗仏教経典の『維摩経』に「高原の陸地(ろくじ)には、蓮華を生ぜず。卑湿(ひしつ)の淤泥(おでい)に、いまし蓮華を生ず」とあるように、蓮華は清らかな水が流れる高原ではなく、ドロドロとした泥沼を生息地としながらも、泥にまみれる(染まる)ことなく、白い清らかな華を咲かせます。

 仏教ではそのことから、現実の娑婆世界に生きがならも、つまり、貪欲・瞋恚・愚痴の煩悩あふれる世界に生きながらも、その世界に染まることなく、捨てることなく、必ず仏となる仏道を歩む存在こそ大切にしています。

 しかし、「卑湿の淤泥」に譬えられ、堪忍土ともいわれるこの娑婆世界で、煩悩にまみれることなく仏道を成就させることは至難の業です。だからこそ、そうした現実社会を生き場所にしている私たち煩悩具足の凡夫を救い、必ず浄土に生まれ仏と成らしめたいと誓われたのが、阿弥陀仏の本願なのです。

 その、ご本願を聞信し、目覚め、頷き、苦悩の現実から逃避することなく、「唯、念仏申す」身と成らせていただくことこそが「念仏者は無碍の一道なり」(『歎異抄』)といわれる所以です。まさに「いのち輝く」世界を賜るのでしょう。

 宗祖親鸞聖人は、『正信偈』に「聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者 是人名分陀利華」(如来の弘誓願を聞信すれば、仏、広大勝解念解の者と言えり。この人を分陀利華と名づく『真宗聖典』205頁)と念仏者を讃えられていま
す。

(所出・教化センターリーフレットNo302 2012/7発行)

ホームページ実行委員会

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昨日16時より、ホームページ実行委員会が開催されました。

この「銀杏通信」の運営について、主に話し合いました。「寺院名簿」へ写真や沿革、お知らせなどを掲載できるようにすること、「問いと答え」のさらなる充実、不具合などの確認などです。
また、通信員のみなさま対象の講習会をとりおこなうことも決まりました。
それぞれ、また、詳細がわかり次第、こちらでお知らせしていきます。

「銀杏通信」は外部の手を借りず、すべてこの実行委員の手で、企画し、制作し、運用しています。記事は各組・諸団体から選んでいただいた通信員のみなさまにお書きいただいています。

これからも、どうぞ「銀杏通信」をよろしくお願いいたします。ご要望・ご意見等がありましたら、ぜひお寄せくださいまし。

第十二組門徒会講座・1

1月15日(金)午後1時半より、守口文化センターにて、第十二組門徒会の三回連続講座の第一回目が開かれました。

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ご講師は昨年に引き続き、大谷大学名誉教授・沙加戸弘先生です。昨年は親鸞聖人のご生涯について、お話いただきましたが、今回は「蓮如上人御事跡考-同朋会運動再興」と題し、真宗中興の祖、蓮如上人についてご講義いただきました。

60名の参加があり、ときおり笑いにつつまれながらも、みなさん真剣にご聴聞いただきました。

回転仏華動画をアップしています!

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YouTubeに回転する仏華の動画をアップしました。モミの軒真です。メンバーの松井さんお手製の回転台で、お華が回ります!!

その他、ちいちの華の作品などは、FaceBookページに順次、掲載しています。こちらもぜひご覧ください。

https://www.facebook.com/Chiichinohana

新年最初のパソコン相談室

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ホームページ委員会では、毎月第二・第四木曜日、難波別院青少年ルームにて、「パソコン相談室」を行っております。

本日は新年最初の相談室。二名の方が相談にみえました。

なにかお困りのことがありましたら、ぜひお越しください

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※来られる場合は、大阪教務所まで電話でご確認ください。前もって相談内容をお知らせいただけると、助かります。

お寺だってIT/Bluetoothってご存知ですか?

お寺といえども情報化社会においてはITなんて関係ないなんて言ってられません。正しい知識を身につけて、教化活動に活かしましょう!
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Bluetoothってご存知ですか?

今回はBluetooth(ブルートゥース)についてお話しさせて頂きます。これは短距離無線通信技術の一つで、簡単に言うとパソコンや最近流行のスマートフォンと様々な周辺機器をコードではなく、無線でつないでしまおうというシステムです。

Bluetoothでもコードで繋いでいたのと同じように音声やデータをやり取りすることが出来ます。ですから、マウスやキーボードやプリンタをBluetoothの機器にすれば、コードの取り回しの煩わしさから解放されるのです。

以前は赤外通信などを利用していたのですが、通信可能距離が1m程度でした。それに対して、Bluetoothは障害物があっても10m程と距離が伸びています。10mもいらないと言えばそうかもしれませんが、最近の薄型テレビにはパソコンとつなぐ為の端子も付いていますので、PCモニターだけでなく、お茶の間のテレビでもパソコンを利用できるわけです。そうなると、50インチ以上もあるテレビですと、マウスやキーボードを操作するにも何mか離れなくてはならないと思うのです。そんな時、このBluetoothを使えばとても便利なのでした。

また、スマートフォンやタブレットといった物も随分と普及してきました。しかし、なにぶん小さいので操作しづらいですよね。そんな時、Bluetoothのキーボードがあれば打ち込むのも簡単です。お寺での法話や講義を録音したものもBluetoothのヘッドフォンを使えば電車の中でもコードを気にせず聞けます。車の運転中の電話の操作は道路交通法で禁止されていますが、ヘッドセットといういわゆるイヤフォン形式の機器を使えば通話も可能です。Bluetoothを使った機器によって便利なことは沢山ありますので、一度試してみてはいかがでしょうか。

【委員JS】2014/2発行

201402チラシNo.11_ver.1※「お寺だってIT」は教化委員会ホームページ部が、教区内寺院向けに発行しているものです。

新年のごあいさつ

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新年あけましておめでとうございます。

今年も、通信員のみなさまのご協力を得て、どんどん教区内の情報を発信していきます!
「銀杏通信」をよろしくお願いいたします。

今月のことば/教化センターリーフレット2012/5

無上智慧の尊号をききて
一念もうたがうこころなきを
真実信心というなり

『唯信鈔文意』(聖典549頁)

今月のことば この言葉にある、「無上智慧の尊号」とは、南無阿弥陀仏のことです。「尊号」という場合には、本尊としての名号という意味で、六字の「南無阿弥陀仏」が一般に知られています。

 この南無阿弥陀仏という名号の別名には、「智慧光仏」とあります。何にも比べることのない、智慧のはたらきを「光」として表現されます。光は、闇を破り、闇をなくすものと受け止められがちです。その闇とは、無明ということです。親鸞聖人は、

無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだちそねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと(『一念多念文意』)

と言われます。

 日頃、自分のことは、自分が一番よく知っているし、何でもできるというのが人間の想いです。ですから、欲も、怒りも、腹立ちも、嫉みも自分で何とかできると想っているのです。しかし、知っている、何とかできるというのは想いだけで、それが、闇、無明なのです。

 親鸞聖人は、煩悩多いこの身が、死ぬまで絶えることがないのだと頷かれます。智慧は、その闇を破り、その事実を照らし出すはたらきなのです。

 そういうはたらきを持つ尊号(南無阿弥陀仏)のいわれを聞いて、よくよく我が身に問い尋ねていくこと以外にない。そのことを通して、はじめてこの私は、煩悩の多いこの身であるということから一歩も出られない身であることが知らされるのです。それが、「真実信心」なのです。 親鸞聖人は、

きくというは、本願をききてうたがうこころなきを「聞」というなり。また、きくというは信心をあらわす御のりなり(『一念多念文意』)

と教えてくださいます。

(所出・教化センターリーフレットNo300 2012/5発行)

お寺だってIT/巧妙なインターネット詐欺 -釣られた後ではもう遅い!!-

お寺といえども情報化社会においてはITなんて関係ないなんて言ってられません。正しい知識を身につけて、教化活動に活かしましょう!
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巧妙なインターネット詐欺-釣られた後ではもう遅い!!-

今までパソコンの便利な点や注意点を紹介してきましたが、犯罪被害者になる点も見逃してはなりません。私が最近経験した出来事を紹介して、注意を呼びかけたいと思います。それはフィッシング詐欺と言われる事例です。フィッシングとは釣りという意味で、私たちが釣られる側です。

ある日、大手YH社よりメールが来たところから始まります。そのサイトで会員登録をすると買い物、オークション、ゲーム、映画などさまざまなサービスを受けることが出来ます。それら買い物等をした費用を支払うためには、クレジットカードを登録しなければなりません。そういうことを踏まえての今回のメールです。そこにある「更新時期が来たので更新の手続きを行ってください」とアドレスが書いてあるところをクリックすると、いつも見ているようなデザインの画面へ連れて行かれました。個人情報・カード番号・有効期限・パスワードを入力する画面です。

入会してから5年は経っているので、もうそんな時期かと何の疑いもなく、入力しようとしましたが…ちょっと待てよ!「何故パスワードが必要?」と疑問を持ちました。もしやと思いメールの題名を検索サイトで検索させてみると出るわ出るわ、クレジットカードの情報を抜き取る詐欺であることが判明しました。危ないところでした。お酒を飲みながら操作していたら恐らく引っかかっていたでしょう。

つまり、このメールはYH社を偽装したものだったのです。他にもインターネットバンキングという、ネット上で銀行取引が出来るサービスでも同様の詐欺が横行しています。いずれにせよ、変だなと思ったら入力する前に検索サイトで検索するか、予めフィッシング詐欺対策ソフトをインストールしておきましょう。

【委員SM】2014/1発行

201401チラシNo.10_ver.1※「お寺だってIT」は教化委員会ホームページ部が、教区内寺院向けに発行しているものです。

第4回 ACT449 開催のお知らせ

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獅子吼の会では、このたび第4回「ACT449(アクト獅子吼)~法話と朗読劇のコラボレーション」を開催いたします。前回同様、朗読劇と法話を組み合わせてお送りいたします。
御堂会館閉鎖のため、この会場での最後の開催となります。
みなさまお誘い合わせの上、御来場いただきますよう、ご案内申し上げます。

詳しくは下記PDFまたは、https://www.icho.gr.jp/events/9725をご覧ください。

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12組門徒会報恩講

毎年この時期に開かれております第12組の組門徒会報恩講が、護念寺にて行われました。

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門徒会のみなさんが調声・キン役・巡讃を務めて「正信偈草四句目下・念仏讃淘三 弥陀成仏のこのかたは 次第六首」をお勤めしました。今回は初めて女性が三人、巡讃に加わり、たいへんいいお勤めになったと思います。

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法話は第12組清澤寺前住職・澤田秀丸師。報恩講の意義と、南無阿弥陀仏のお名号のはたらきについてご法話いただきました。

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その後、お齋を僧俗ともにいただきました。

今年の12組締めくくりの行事として、真宗門徒として最もたいせつな行事である報恩講を今年も盛大に行うことができました。

十二組青年会研修

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12月7日、第十二組青年会で日帰り研修に紅葉まっさかりの宇治へ、会員六名で行ってまいりました!

行き先は、宗祖親鸞聖人ご誕生の地、日野の法界寺。国宝である平安時代末期の阿弥陀堂と丈六の阿弥陀仏座像が残る真言宗の名刹です。親鸞聖人も幼少の頃、この阿弥陀様をご覧になっていたと思うと、感慨深かったです。

その後、黄檗宗の本山、黄檗山萬福寺にもお参りしました。禅宗らしいぴりりとした空気と中国っぽい雰囲気のあるお寺でした。ご本尊、釈迦如来の右となり(向かって左)には阿難尊者がいらっしゃいます。また、木魚の元祖といわれる開版(かいぱん)がでかかったです^^。

大阪へ帰り、八名にて今年最後の活動をしめくくる懇親会を行いました。

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法界寺パンフレットより

親鸞聖人と日野家
浄土真宗の開祖見真大師親鸞聖人は、この法界寺を創った日野資業から四代後に、今を去る八百余年の昔、承安三年四月一日(陽暦五月二十一日)、皇太后宮大進正五位日野有範を父とし、吉光女を母としてここ法界寺でご誕生になりました。ご両親と早くお別れになりました聖人は、九歳の時に伯父範綱につれられて粟田青蓮院において慈円僧正を戒師としてご得度になりますが、得度された九歳までこの日野でお過ごしになり、ご幼少の頃お父君に手をひかれお母上に抱かれ、初めてみ仏さまのご縁を結ばれたのが、この法界寺の阿弥陀如来です。小さい両手を合わせて日夜合掌礼拝される聖人のお姿が今も堂内に浮かんでくる思いがいたします。(以下略)

獅子吼の会のACT449、練習中!

来たる16日に行われます「ACT449」の練習中です!
このACT449も今回で4回目となります。

今回も「法話と朗読劇のコラボレーション」として、廣瀬俊脚本の朗読劇「声、耳ニ入ル」を行います。
本番間近となり、練習にも力が入ってまいりました。どうぞお楽しみに!

●12月16日18:00〜
●南御堂五階ホール

今月のことば/教化センターリーフレット2012/4

本願他力をたのみて
自力をはなれたる
これを唯信という 

『唯信鈔文意』(聖典547頁)

今月のことば 親鸞聖人は、法然門下の先輩である聖覚法印が書かれた『唯信鈔』を大切にされます。そして、その標題の「唯信」ということについて、真実の信心で、虚仮(こけ)を離れたこころであると表され、その後に、標記の言葉を続けられます。

 一般的には、本願他力といわず、他力本願といって、「他の人からの助力」という意味で使っているようです。また、「他力本願ではダメだよ、自分の力でで頑張らなくては」という言葉もよく耳にします。しかし、本来仏教では、そういう意味ではないのです。

 親鸞聖人は、「たのむ」という語に、「憑む」という字をあてられます。我われがよく使う「頼む」という字には、「あてにする」という意味があります。しかし、「憑む」には、「よりどころとする」という意味があり、「他力をたのむ」とは、「阿弥陀仏の本願をよりどころとする」ということなのです。

 ところが、我われは、知らず知らずのうちに、自分の考え(物差し)を中心にして行動しています。また、そのことに何の疑いも持っていません。それを自力というのです。

 親鸞聖人は、

自力というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり(『一念多念文意』)

といわれます。ただ、そういう自力の姿は、自分自身ではわからないのです。

 日頃、自分の姿を知るためには、鏡に映してみないと、自分で見ることはできません。仏教で自分の姿を知るということは、教え・ことばによって、鏡に映し出されるごとくに、自分の本性が映し出されることです。そこに自力が知らされるのです。

(所出・教化センターリーフレットNo299 2011/4発行)